曲線が拓く生命の美しさ
龍や虎といった古典的な題材から現代のアスリートまで。エネルギーに満ち溢れるモチーフを描き、従来の墨絵でなし得なかった躍動感、張り詰めた空気感を表現するアーティスト、西元祐貴。
本展では、曲線表現にフォーカスし制作した新作が登場。これまでとは違うアプローチで描かれる女性画、そして墨を混ぜ込んで漉いたという越前和紙に展開される抽象画は最大の見所となります。
西元は現在、主に福岡を拠点に制作活動を行っており、福岡空港の国内線ターミナルビルの壁画(2018年)や世界水泳選手権福岡大会(2023年)会場装飾の一部、そして福岡博多祇園山笠のアートワークを手がける福岡に根付いたアーティスト。
海外のアートフェアでのライブペインティングをはじめ、エンターテインメント作品や大規模イベントに作品が起用され、福岡から世界へ新世代の墨絵表現を発信しています。
西元を特徴づけるのは、現代的なスピード感を取り込みながら理知的な統制がなされた筆致。画面からは生命エネルギーの充溢とともに日本的な静謐な美を感じます。筆の流れや墨のにじみによって骨格や筋肉の力強さを解剖学的な再現ではなく抽象的に表現し、人間の精神性を発現させています。
創作の究極は女性画
新作の女性画《等身大の曲線》では背筋や肩甲骨、腕は力強く直線的に引かれ、腰にかけてのボディライン、大きなブラッシュストロークで描かれる洋服の揺れの曲線へと結ばれます。女性の柔和さや可憐さを描き出しつつ内面から出る芯の強さ、そして身体そのものの強度にも目配せをしている点は西元ならではの表現といえ注目です。
「これまで女性を描き続けてきて自分自身で納得がいくものにはまだ届かないし、他の作家含めて有名な作品を見ても揺さぶられるようなものに出会えていない。自分が線表現を追求する上で女性画が究極の創作になるんじゃないかと思える」
女性画は古来より美術において象徴的なテーマでありましたが、その歴史において女性には「観る」側の視線が強く関与してきました。性的な文脈での解釈が重ねられた「観られる」存在として描かれることが多く、現代の観点から再点検される必要があります。
今回、西元が描いたのは女性の後ろ姿。これまでコンスタントに描いてきた侍で背中に現れる精神性を表現してきたように墨筆ならではの抽象性によって、女性を「観られる対象」としてではなく「語る存在」として浮かびあがらせています。
黒和紙と墨の抽象表現
一方、《相応する黒》は越前和紙の職人に特別にオーダーした黒和紙を使用し抽象的に構成。黒い画面にうねるように展開された曲線は、作家の意図をも越えて光を孕んでいます。画面上に残る墨の勢いと筆の痕跡がダイナミックな余白を生み、「(黒に)黒を重ねることで無心になれた」という西元の精神的次元が見る者の視線のみならず思考までをも画面に引き込みます。
「人間や生き物には直線がない」として取り組んだ曲線表現は、画業を通して究極の線表現を追究する西元の原点であり終着点といえるもの。作家の信念が滲むタイトル「純粋なる曲線:墨で紡ぐ生命の美」には「力強さ」と「繊細さ」といった表面的な二項対立ではなく、一筆に作家の気質が波及し生まれる線が作家の「生命線」であることを読み取ります。
飛沫や滲みといった墨の偶発的な形象と意思をもった筆が拮抗し、余白を拓く。伝統的な書芸術のエッセンスと現代的なエネルギーを融合させ、生命の美を現しています。