「ジト目」のポップアイコン作品
観る者を冷ややかに眺めているようであり、心を委ねているかの目線。コミックやアニメにおける個性表現として描かれる「ジト目」のキャラクターと、一枚にストーリーが感じられ、観る者それぞれが自分の人生に重ね合わせるシークエンスをポップなタッチで描くマチダタケル。
オイルショックによる経済低迷や公害など社会問題が明るみになってきた1970年代。その揺り戻しから、ひたすらに明るく花ひらく次の10年への期待感、しかし底には諦念もこびりついていた1980年代。そんな時代感とカルチャーに重ね合わせるかのように、生きづらい社会でよるべない個人に寄り添うものとしてポップを発動する展覧会「POP・ALONE」。ジト目で見つめるポップアイコン作品計20点を展示、ジークレー(※1)作品として販売もします。
マチダタケルは1986年静岡県生まれ。現在は名古屋を拠点に制作活動を行い、グラフィックデザイナーとして企業コラボレーションも手がけるなど多岐にわたる活動をしています。アートの目覚めは、10歳まで生活していたアメリカでありました。
「幼少の頃にアメリカに行き、まったく英語が喋れず授業も理解できなかったのでノートによく落書きを描いていました。その絵をクラスメートがすごく褒めてくれ、言葉が通じなくても絵を通してコミュニケーションが出来ることを肌で感じた」。この体験が強く心に残り、視覚表現が知覚の扉を開くことを知ります。
アメリカ在住時、両親に連れられよく行った美術館や博物館。そこで偶然アンディ・ウォーホルの連作を目にし「衝撃」を受けます。それまで観ていた伝統的な西洋絵画とは明らかに違う表現、ポップアートの光を全身で浴びました。そこから漫画やアニメ、映画、レコードジャケット、ストリートファッションなどポップカルチャーに創造感覚が育まれます。
いっぽうでアメリカから日本への帰国、後に経験する両親の離婚など度々変わる生活から、家族も含めた他者と社会に対して冷めた目を持つようになります。
「帰国子女として日本で生活を始めて感じた文化やコミュニティの違い、世の中で起こる出来事はもちろん自分の身の回りに起こったことも映画を観るように一歩引いたところで観察してしまい、どこの輪にも入りきれず虚無感に囚われていた」。
自分への配慮と他者の寛容の距離感
ポップカルチャーに「救われた」としながら、不条理に対してのある種自己防衛として濃くなるシニカルさ。それは15歳の時に起きたアメリカ同時多発テロにより社会意識へ接続されます。ニューヨークというかつて身近だった街が瓦礫と粉塵で覆われ、すべてフィクションに思えていた世の中の出来事は自分の生活と繫がっていることを実感、第三者として俯瞰する目と当事者として目撃する目、相容れないふたつの意識が目に浮かぶようになります。
「世の中のあらゆることは一方から見るだけではつかめず、時代が大きく動く中で私たちが出来ることは自分の視点や立ち位置を柔軟に変化させ、また自分に還ってくる。この連続しかない」と話します。ポップカルチャーにおいて懐疑的で冷笑的な態度として解釈されることが多いジト目。マチダのそれは、一定程度置かれる“あわい”距離感を測っているといえます。
作品で描かれるのは1人のキャラクターのみ。しかし、画面外から差し込む光が効果的に描かれることで他者の存在を想像させ、ひとりの人間にも内面と外面になんとも測りきれない距離があることが示されます。そして、繋がりや連帯に想いをはせながら、自分に配慮しつつ他者を尊重するための距離感に希望を見出しているといえます。
複雑な世界に晴れて生きるポップ
多様な社会とは扱いに困る価値観をもつ他者との共存の難しさがつきまとい、誤解が誤解を生むようなしんどさがあります。違和感しかない世論に飲まれそうにもなります。そこで立ち向かうばかりでなく、時に逃げ、頃合いを見て戻って来るような軽やかさにリアルがある。
マチダは「ポップで儚い」を作家活動のテーマとして掲げ、個人としても「鬱屈してるけどポップに生きたい」と話し、軽やかさ=ポップでもってポップでもって社会と接続する事を試みている。
好きや得意がバラバラで、それぞれに偏っている私たち。世界から争いはなくならないけれども、何からも価値観を押しつけられることなく、それぞれにふさわしいやり方で生きていける社会。マチダのジト目は複雑だからこそ深みがあり、バリエーションがあるからこそ鮮度がある社会と、そこに行き交う人々の晴れがましさを見つめようとするのです。
※1ジークレー:【Giclee】フランス語で「吹き付けて色を付ける」の意味。ジクレーとも表記される。作品原本のデジタルデータを上質なキャンバスや版画用紙、高級写真用紙、和紙などの最高品質の素材に高精細かつ広色域で再現する手法。保存性の高さも特長で作家自身が監修を行い、プリント技術者と共同で作品として仕上げることで近年注目を集めている。