自閉症アーティストの原始
自閉症による強いこだわりから色を丹念に塗り重ね、対比的な色面で構成される抽象画。色の存在そのもので人間の奥底にある何ものかを直観させるアーティスト、GAKU。
本展では、2020年から2023年にかけて制作された作品を中心に展示します。この頃は、技法が定まり作風において多様なチャレンジを試みることができるようになった「野心的な」時期。鮮やかな色遣いとポップな作風が特徴のGAKUにあって、白と黒を基調としドリッピング的に絵具を画面に離散させた作品など、この時期に一度しか描いていない作品もあり注目です。
そこから〈LeSportsac〉〈THE BODYSHOP〉〈GODIVA〉といったグローバルブランドとのコラボレーションや海外での大規模インスタレーションを手がけるほどの飛躍を遂げる「自閉症アーティスト」の原始がうかがい知れる内容となります。
GAKUこと、佐藤楽音(さとう・がくと)は2001年生まれ。幼少の頃に知的障害を伴う自閉症、多動症と診断されました。GAKUが絵と出会ったのは、16歳の時に訪れた岡本太郎美術館。ひと所にじっとしていることができないGAKUは岡本の《痛ましき腕》に見入り、その場から離れなかったといいます。
岡本太郎作品を目にした翌日から夢中で絵を描くようになり、これまでに800点以上の作品を制作。言語を介してのコミュニケーションが難しく「外界から隔離状態にあった」GAKUは、アート表現という言語を手に入れました。
色の集合体としての絵画
色面に大小様々の円がひしめき、その上から縦横に引かれる力強い筆致の線表現。作家の内なる衝動が色の始原となってキャンバス、そして外界へと波及するかの抽象表現はGAKUの真骨頂といえます。一方で、色遣いやモチーフとなる動物の描写がフランスのポスター作家、レイモン・サヴィニャックを思わせる朗らかでユーモラスな具象画もあり、父親の佐藤典雅さんはじめサポートスタッフも完成するまでどんな絵が出来上がるのかわからないといいます。
「これまで『大きな・開かれた空間』を中心に展覧会をしてきましたが、今回は初めて『閉ざされた』空間での展示となります。外のノイズを遮断し、GAKUの意識の内面的な世界観に直接触れて頂く展示」(佐藤典雅)
自閉症の療育のため、4歳から14歳まで過ごしたアメリカ・ロサンゼルスのビビッドなカラーの街並みは、彼のポップでエネルギッシュな色彩感覚に大きな影響を与えていると、典雅さんは話します。現在も折に触れ展覧会やハイ・ファッションを見せ感性を育み、その時々に目にした色の組み合わせは作品の中に多く確認できるといいます。
人間が本来もっている美学
「GAKUの創作活動は、多様性といった表層的な意味ではなく『人の存在価値とは何か?』といった根源的な問いかけを発しています。生まれ持った知的障害という特性を個性に昇華させたことで彼は自由となり(自分自身の)存在表明をした。それは、すべての人には可能性があるというメッセージを我々に投げかけています」(佐藤典雅)
混色せず顔料そのものの美しさをあるがままに置く。色彩理論にはない色の並置はシステマティックなクールさがあり、円や線といった形象と均衡を保つ画面は「一」ではない「多」の時代とも符号します。GAKUが達成した視覚表象がもたらすのは、コンテクストに囚われない生の美の体験。現実の対象を越え、自律した色の集合体であるGAKUの絵画に人間が奥底に備えている美学を予感します。