絵画で表現する現代音楽
2022年2月にオープンしたYUGEN Gallery。そのファーストエキシビジョン「#punk #rock #art #life」を鮎川陽子とともに行ったマサヒト・ヒラヌマ。
ファッションやロックをモチーフにきらびやかなメイクで退廃的なファッションに身を包む女性、アンダーグラウンドに集うロックディーヴァなどの作品を取り上げた前回と変わって、抽象画作品のみで構成するのが本展「CONTEMPORARY MUSIC」。ヒラヌマが2010年代から取り組んできたシリーズの新作2点を含む14点を公開します。
ヒラヌマは山本寛斎のパリ・東京コレクションの選曲、演出助手のスタッフとして携わった後、「本物の」美術と触れ合うべく1990年フランス・パリへ渡り美術家の道を歩み始めます。
当時、足繁く通っていたルーブル美術館では「傍に転がっていた」修復途中の歴史的作品の画材の使われ方や下塗りを観察しイタリア、スペイン、オランダなどを巡りながらヨーロッパの厳然たる歴史の上にそびえ立つ芸術に触れ、自身の絵画の方法論を築き上げてきました。
感情を呼び起こす抽象画
サン・ピエトロ大聖堂のピエタ像など多くの本物に触れるなか、特に圧倒されたというのがウィレム・デ・クーニング。戦後、アメリカ・ニューヨークで起きたムーブメントである抽象表現主義を代表する作家に「絵を描くことを諦めろと突きつけられた」というほど衝撃を受けました。感情と手の動きが伝わるストロークと濃厚な色彩。女性の内面の葛藤や喜びを現したヒラヌマの作品にデ・クーニングから浴びた光の一端を見ることができます。
抽象がかった具象作品を描く中で、ヒラヌマは有機的な色の連なりで構成したジオメトリックシリーズを手がけるようになります。最初は画面構成を考える上で始めたデッサンに「遊ぶ」ようにして色を繋ぎ合わせるうちに、感情をダイレクトに感じさせる筆遣いから自制の効いた論理的な抽象表現作品へと発展しました。
「スティーブ・ライヒやブライアン・イーノといったコンテンポラリーミュージックをよく聴いていた頃に描き始めたシリーズで、現代音楽にある違和感と協調の音を耳で感じたままに描きたかった」
音楽は太陽光のような波動で私たちを包み込み、語りかける。そうした波動の中に現れた色と形を感じ、ヒラヌマは現代音楽を絵画として立ち上がらせます。色を何層にも塗り重ね「光の波動を感じるまで」色を整える。暖かみのある色と形がぶつかり合い調和した画面は、音楽のように観る者の奥深くにある感情や感覚を呼び起こします。
光り輝く自己探究のはじまり
「とんでもないスキルを持ったアーティストはごまんといて、さまざまな題材や技法を自由に選び取れる時代。抽象だろうと具象だろうと、ペインティングだろうと立体だろうと何をミックスしても構わない。そのなかで何を選びとるか? 概念や観念を取っ払ったところで自分が欲しいと思ったものを丁寧に拾っていく」
「絵を描くことは料理と似ている。玉ねぎを炒めるのも美味しさを求め、素材そのものに集中している。色を綺麗に塗ることに無心になり、子供の頃と変わらずどんな色が現れるかを遊んでいる」
ヒラヌマが絵画に惹かれる理由は「画面から受ける輝きと光が、自分自身の喜びとして純粋に心に残る」から。喜びのない作品には興味がないと言い切り、コンセプトにがんじがらめの現代アートで溢れる今こそ人間の根源的な喜びにフォーカスしたいと話します。
本展でも公開される色数が少ないミニマルな作品「ENCOUNTER 」も生まれ、画業30年を越え画家として新しく生まれ変わる予感もあるというマサヒト・ヒラヌマ。色と線が調和し、画面から放たれる光がシンフォニーとなって私たちを包み込み、響き渡ります。