画面に充溢するカオス・オブ・カラー
未開の楽園に生息する鳥類、アンティーク玩具のような哺乳動物など架空の生き物たちに囲まれる少女。背景に描かれるのは川の濁流、垂れ込める暗雲。そして綺麗に咲き誇る花々といった驚天動地。
古典的な絵画のモチーフや寓話、そして1990年代以降のポップカルチャーまで古今東西の題材を精製し、空想の世界を描くフェデリコ・バルトリ。色とりどりのキャンディカラーで埋め尽くされた作品で構成する展覧会「Candy Creatures」。本展のために描き下ろした油彩作品25点、加えてペインティングを施したスケートボード3点を公開します。
フェデリコ・バルトリは1976年イタリア・ミラノ生まれ。歴史的絵画や街中のストリートアート、日本のアニメに触れて育ちます。なかでもイギリスのヘヴィ・メタルバンド〈アイアン・メイデン〉のアルバム『somewhere in time』のアートワークに感銘を受け、アートを志し、14歳でミラノのアートスクールに入学。伝統的絵画の基本技術、イタリア美術史、グラフィックデザインを学びます。
24歳の時に母国イタリアを離れデザイナーとしてのキャリアをスタート、〈コカ・コーラ〉〈レッドブル〉〈NBA〉といったグローバルブランドのCI(コーポレートアイデンティティ)を担当。オーストリア、香港を経て、現在は福岡県糸島市を拠点に世界中のクライアントとクリエイションをしながら画家として作品を制作しています。
モチーフとするのは、地球ではない惑星の生き物や自然。フェデリコ本人が「カオス・オブ・カラー」と名付ける色遣いで描き上げます。
「キャンディ缶から出てきたように創造の生き物たちは、それぞれ色が違います。キャンディをなめると、どんな色にも染まることができる。そんな風に自由に生きることを願っている」
生きとし生けるものへの敬意
展覧会タイトルにあるキャンディのような彩りの画面は、生命の明るみと非日常の豊かさに溢れ、主役に据えられる女性は生きとし生けるものの創造主として描かれます。そして、彩り鮮やかな生命を象徴するのがキャンディ。そこに込めるメッセージは、生きとし生けるものへの敬意「リスペクトアース」。
「たとえ嫌なことがあっても、私はアートに魅了されハッピーな気持ちになり助けられてきました。自分の絵画もそうしたポジティブなものでありたい」
日本で生活を始めるまでフェデリコが描いていたのは、ドローイングによる細密描写。モノクロの線が交錯するなかで浮かび上がるカオスをテーマに作品を制作してきました。しかし、福岡県糸島市で自然に囲まれ穏やかに過ごすうちに自分探しをする感覚で絵を描くようになり、日々変わる自分の感情を表現すると作品はおのずとカラフルになっていったといいます。
想像上の生物はオーストリアで触れた自然や自由に生きる動物たちから、躍動感やビビッドな色遣いはミラノのストリートアートや看板など香港の都市風景からインスピレーションを得ています。
キャンディのように可憐な人間の深み
女性を主役にモブ(群衆)として周囲を囲む生き物たち、視線を誘導する画面構成はラファエロの『ガラテアの勝利』といったルネサンス絵画のオマージュのようであり、描法はポップカルチャーとシュルレアリスムをつなぎ合わせた1990年代後半のアート・ムーブメントのひとつ、ポップ・シュルレアリスムの系譜として据えることができます。
フェデリコ作品の多くには童話に出てくるような家や村も描かれ、郷愁もテーマとして持ち込まれています。これは住む場所を転々としてきたフェデリコ自身の故郷への想いの反映であり、理想的な楽園の対比として表現されます。
“ポップ・シュルレアリスムの父”とされるマーク・ライデンは、2010年の個展『The Gay 90’s: Old Tyme Art Show』で現代社会の郷愁とキッチュの対比をテーマに挙げました。人が掲げる理想は魅力的でありながら過美になりかねず、それに抵抗する境界線を模索するものでした。
「絵を描く時、ダークな感情はいっさいない」というフェデリコの色鮮やかな画面で効果的に用いられる濃暗色は、世界の裏にせり出す不安を予感させ、理想の楽園との境界線として描かれます。そして、ここにポジティブとネガティブが混在する人間の感情も示されていることに気づきます。
あらゆる価値観の転換を迫られている私たち。かつて暮らした時代、土地への郷愁と新しい世界の理想。相対する価値観の間で葛藤するところに人間の深みがある。フェデリコ・バルトリの作品は、人間の深みは暗い闇ではなくキャンディのように色とりどりで可憐なものと思わせてくれます。