ARTIST INTERVIEW

辰巳菜穂独占インタビュー

「世界の儚さをこの手にとどめる」

辰巳菜穂 個展「XING」

<2025年11月22日(土)〜12月15日(月)>

明瞭な色の看板やサインが画面にひしめく。都市がもつ覇気を写すも、所々で輪郭や境界はぼやけ、虚な印象を残す辰巳菜穂の風景画。描くのは「私たちが生きている世界のありさま」。世界は彼女にどう映っているのか。そして、絵を描くこととは。本人に話を聞いた。

ーーGoogleストリートビューを使って風景を描くようになったきっかけは?

子どもの頃から「ここではないどこか」に憧れがあります。海外の風景を描きたいと思ったときに、モチーフを集めるには「自分が行く」か「ネット上で誰かが撮った写真を見る」の二択。ストリートビューは自分で360度自由に見回せるし、角度や距離も選び取れる。有名な観光地ではなく、世界中の路地裏や誰かの家の前といった「なんでもない場所」を探すことが出来、(視点を)コントロールできるところが面白かった。

デジタルテクノロジーは今の生活に欠かせないもので、実際に現地に行くよりもデジタル空間に広がるネットワークを行き来することが、今の現実を描く上で必要なことだと思いました。

ーー選ぶ場所の基準はありますか?

電柱、ヤシの木、歩道の段差といったモチーフが好きで、目を引くものが入り込んでいる場所を選んでいます。特に看板や標識はそれだけを抽出するのも面白くてずっと描いてます。よく聞かれるのですが、自分が行きたいかどうかは基準ではないですね。描くのは速い方だと思いますが、素材となる場所やモチーフ探しが大変で、いちばん時間がかかります。

ーー明確な色遣いが特徴的ですね。

作品を見て、改めて色が好きなんだなと自分でも思います。形をとることにはあまり興味がないんですよね。ピンクが好きでどの作品にも入っていますし、黄や赤を差し色に使うことも多い。ストリートビューの画像は地味ではあるので、彩度を高くし頭の中でイメージを作り上げてから描き始めます。

色は描く前にある程度決めてますが、デジタルで作業している時に発見する色もあるし、キャンバスに描いていくなかで偶然乗ってくる色もあり、色との出合いを楽しみながら描いてます。一日中描いてると、家への帰り道の風景が自分の作品のように思えて、色酔いする感覚があります。

ーー看板や標識から着想し、展覧会のタイトルは「XING(クロッシング)」に。

標識や看板には限定的な意味があり、万人が同じように受け取れるものでなければいけない。それを人によって捉え方が違う絵に置き換える。意味が固定している記号が絵になることで意味がほどける。その反転によって私たちにどんな感覚がもたらされるのか考えてみたいと思いました。

ーー画像から絵にすることで意味を解体する。色酔いするように世界は揺らいでいく。実在しない風景を描く理由は、そこにあるのですか?

コンセプトとは別の次元の話になるんですけど、単純にビジュアルとしてかっこいいものを描きたいっていうのはあるんです。絵として美しかったり、かっこいいという私の内にある美意識を実現したい。

その上で私が描きたいのは、「私たちが今生き抜いている世界のありさま」。世界は宇宙が誕生してから今日まで無数の偶然の選択の積み重ねで出来上がっている。何かがひとつ違ったら、全く違う現実になっていたといえます。これは恐ろしくもあります。圧倒的ともいえる偶然の集積による、恐ろしい現実を描きたい。それが絵を描く理由です。

ーー描く時に心がけていることや工夫について教えてください。

筆致を残すことを大事にしています。私は大学では建築を、卒業後は服飾も学んだのですが、設計図があり模型を作り…どちらも手の感覚から遠いと感じました。粘土細工のような手から直接生み出せるものをやりたくて、いちばんしっくりくるのが絵でした。

看板の文字が突如風景の中に現れて次第に空に溶け込んでいくような、モチーフが幾重にも重なるなかでそれぞれの実体は残っているんだけど、混じり合ってあいまいになっていく「あわい」のようなものを表現したい。 絵としての印象は粗っぽさを意識してますが、緻密に描き込んではいて、高度にコントロールしています。

ーー「溶けていく」ものとは?

私たちが存在している今この瞬間です。一瞬一瞬、現実は過去になり続けていく。その儚さを描きたい。電柱やヤシの木に目がいくのも空に伸びている佇まいに儚さや孤独を感じ、そこに惹かれるのかなと思います。

この世は儚いもの、人はみんな孤独といった人生観というか死生観を子どもの頃から持っていて、そういう意識は最近さらに強くなってます。

ーーデジタル空間に散在する画像を油彩画に。絵でやる意味とは?

インターネット上にある風景の画像、つまり情報は猛スピードで埋もれていく。人の記憶もあやふやになっていきます。手から砂がこぼれ落ちていくような不確かなものの痕跡を残したい。手の感覚をぶつけられる絵は、その儚さをこの手にとどめることなのかなと思います。

看板、建物、植物…確かに見えていたのに、どこまで行っても辿りつかない場所。「ここではないどこか」は絶えず溶けていき、つかまえることが出来ない。辰巳菜穂の風景画は人間が生きる、世界が存在する謎を示唆しています。個展「XING(クロッシング)」は11月22日(土)〜12月15日(月)の期間に開催。

ABOUT ARTIST

辰巳菜穂
辰巳菜穂
Nao Tatsumi
福島県生まれ。筑波大学芸術専門学群建築デザインを卒業し、横浜市を拠点に活動。Map上でバーチャルに旅をしながら集めた世界中の街角の風景をモチーフに、デジタル空間に生成される偶発的現象に美的価値を見出し、そこに自身のエラーを重ね合わせて独自の風景画を描いている。国内外の展覧会に多数出展し、広告クリエイティブや飲食店・ホテルの壁画制作なども幅広く手がけている。

ABOUT EXHIBITION

展覧会

辰巳菜穂 個展「XING」【東京】

会場

YUGEN Gallery
東京都港区南青山3-1-31  KD南青山ビル4F

会期

2025年11月22日(土)〜12月15日(月)

開館時間

平日:13:00〜19:00
土日祝:13:00〜20:00
※最終日のみ17:00終了

休館日

なし

レセプション日程

11月22日(土)14:00〜18:00
※予約不要 ※参加費無料

在廊日

11月22日(土)/23日(日)14:00〜18:00

入場料

無料

注意事項

※在廊日やレセプションについて、最新情報は随時こちらで更新いたします。
※状況により、会期・開館時間が予告なく変更となる場合がございますのでご了承下さい。