10年にわたり描く“侍”
世界から注目を集め続けている墨絵アーティスト、西元祐貴。世界に5,000万人のユーザーがいるアメリカ発のトレーディングカードゲーム「マジック:ザ・ギャザリング」に墨絵作品が起用されたのを皮切りに、イタリアの高級スポーツカー 〈フェラーリ〉のイベントでのライブペインティング、ユネスコ無形文化遺産である福岡・博多祇園山笠の飾り山笠「十五番山笠ソラリア」のイメージアート、「世界水泳選手権2023福岡大会」の会場装飾の一部を担当するなど2023年も活躍は止まることがありません。
特に32の国と地域から177もの出展者が参加した「アート・バーゼル香港2023」でのライブペインティングが現地で高い評価を得たことは記憶に新しく、さらなる飛躍が期待されます。
本展「竦ノ墨(スクミノスミ)」は、西元がアーティストとして活動を始めて間もない頃から描いてきた侍にフォーカスし、新旧作品12点で構成。潔さ、闘争心の象徴ともいえる侍を通して日本人のアイデンティティを表現します。
怖れと勇気の葛藤
昨年5月、YUGEN Galleryにて開催された東京では3年半ぶりとなった個展「飛墨」。龍や虎といった古典のモチーフから現代のアスリートまで生きとし生けるものの躍動感を存分に感じさせた前回から約1年が経ち、西元は精神と肉体の関係性に関心が高まっていると話します。
「以前はカッコ良さに惹かれて侍を描いていましたが、改めて甲冑や刀剣具の実物を観ると怖さを感じるようになった。相手に与える威圧感と内に抱える恐怖心、それらを乗り越えようとする勇気を表現したい」
去年から始めたキックボクシングを通して、戦いにつきまとう恐怖を知ったという西元。あくまでエクササイズとして始めたものの人間と相対した時の怖れに侍に対する見方も変わったといいます。2023年7月に開催される金鷲旗全国高校柔道大会や玉竜旗全国高校剣道大会のメインビジュアルも担当。武道との巡り合わせを感じるタイミングで、組んだ瞬間に勝負が決するともいえる人間の間合いの緊張感を描き切ります。
「侍はずっと描いてきて、10年の画業でいよいよ土台を作れたという自負があり飛躍できる感覚がある。作為的な線を排除した自然体で描きたい」
経験を重ねて技術が上がり表現の成熟を感じつつも、繊細な表現ができるようになったがゆえに自身のなかに闘争心が薄れているとの危機感もあるといいます。アートを志し“一発勝負”の表現を突き詰め、油彩に始まりあらゆる描法を試した末にたどり着いた墨絵。一筆入れた瞬間から後戻りできない緊張感を取り戻すべく臨む「侍」。過去作品から本展のために書き下ろした新作まで10年に渡る筆遣いの変遷も辿ることができ、注目です。
生きることの証し
今年からライブペインティングの機会が増えてきたことに充実を感じている西元。改めて自身の創作の原点を再確認したようです。
「人に見られるなかで集中して書くことは体力が必要だし、自分のマインドはそれ以上に強く持っていなければならないと改めて感じた。(久しぶりのライブパフォーマンスは)怖さしかなかったが観に来てくれた人たちからエネルギーを受け取った。やりたかったことが、また始められることを実感した」
昨年の個展以降、作品ひとつひとつに対してより深く考えるようになり寡作になっているとも話す西元。福井の越前和紙を手がける職人など制作を陰で支えてくれる人々、そして観客があってこそ実現する作品には最善の時機に万全の状態で臨まなければ申し訳がたたないと志を新たにしています。
怖れと、それを乗り越えようとする勇気の葛藤。ライブペインティングのみならず、その一筆に生きることそのものが凝縮されている点に西元の墨絵表現の本質はあるといえます。
間合いに張られる緊張の糸。それを手繰るのは怖れか勇気か。一糸乱れぬ精神と肉体の解放に生の躍動があります。