しりあがり寿 個展「加我威異地獄」【東京】

2025年10月4日(土)〜10月19日(日)

YUGEN Galleryは、2025年10月4日(土)〜10月19日(日)の期間、漫画家 しりあがり寿の個展「加我威異地獄(カワイイ地獄)」を開催致します。

展覧会情報

会場

YUGEN Gallery
東京都港区南青山3-1-31  KD南青山ビル4F

会期

2025年10月4日(土)〜10月19日(日)

開館時間

平日:13:00〜19:00
土日祝:13:00〜20:00
※最終日のみ17:00終了

休館日

なし

入場料

無料

注意事項

※状況により、会期・開館時間が予告なく変更となる場合がございますのでご了承下さい。

ステートメント

長い画業で、今挑む「地獄」


ナンセンスギャグに込められる不条理、ファンタジーとして見せる人間の業。代表作『真夜中の弥次さん喜多さん』はじめ、東日本大震災と原発を描いた『あの日からのマンガ』など画期的な作品を多数生み出している漫画家、しりあがり寿。

映像作品、アートと漫画にとどまらない多岐にわたる表現活動が認められ、2014年には紫綬褒章を受章。2025年は俳優・竹中直人との二人展、ドイツ・フランクフルト応用芸術美術館企画展や韓国・全羅南道 国際水墨ビエンナーレへの招聘など国内外のアートシーンで精力的に活動しています。

本展は「地獄」がテーマ。漫画という紙の二次元表現を三次元表現へと発展させたインスタレーション・シリーズ《紙の王国》の手法で「カワイイ」地獄をギャラリー空間に現す試みです。会場の一部を大判の紙で覆い、そこに鬼や妖怪など描いた墨絵ほか約30点で構成。

墨絵のインスタレーション


しりあがりは東日本大地震以後「希望の見えなさ」を感じ、漫画家として明るいものが描けない葛藤があったと打ち明けます。その中で思索を巡らせ、多くの作品を発表しながら「もう祈るしかない現実」を前に地獄とはどんなものなのだろうかと考えるに至ります。そうして、これまで描くことのなかった地獄がテーマとして浮かんできました。

「Hell: Arts of Asian Underworlds」(アメリカ・Asian Art Museum)、山本高之によるプロジェクト「どんなじごくへいくのかな?展」(埼玉・角川武蔵野ミュージアム)など近年、国内外で地獄は寓話的装置として陰惨極めるものではなくユーモアがありポップ、子どもの視点を起点とするなど多様なアプローチでの再解釈が試みられています。

しりあがりは「人生は観光旅行」といい、出生や国家、宗教、職業などは旅の景色であり死後の世界もひとつの観光地として捉えています。そこから「地獄」に「カワイイ」を接合。「(世の中に跋扈する)カワイイものが罰を受ける」という、しりあがりならではの逆説的な地獄を描きます。《紙の王国》からの発展的なインスタレーションは墨絵ならではの時空としりあがり寿の世界観への没入感覚を増幅させ、現実と仮想、此岸と彼岸の間でゆらぐ体験をもたらすことでしょう。

カワイイに潜む恐ろしさ


進歩と効率を追求し便利になれば人間らしく生きられると思っていたものの、むしろ複雑さと閉塞感が増し立ちゆかなくなっている。しりあがりは著作で現代社会の行き止まり感、そしてその状況を仕方ないことと受け流すしかない人間の姿を描いています。

「スターマン」(『そこはいきどまりだよ』所収/ビームコミックス)の主人公は漫画やアニメは言うに及ばず日常に氾濫する「カワイイ」が世界を滅ぼすとし、「カワイイからこの世界を守らなければ!」と危機感をあらわにします。

今年7月、京都・東福寺 光明院で開催された個展「光と羅漢s」。しりあがりは、悟りをひらいた聖者をキャラクター化した「羅漢さん」を墨絵で描きました。釈迦の死後2000年を経ると仏法が衰退し、疫病の流行、地震や火災が相次ぎ、政治も乱れる「末法」の時代に入る。不安に覆われた世に生きとし生けるものを守るとされた釈迦の直弟子である羅漢をモチーフに脱力感のある羅漢図を展開しました。

カワイイは経済格差、社会の分断、気候変動など目の前の多くの社会課題、不都合な真実を隠すのぞき見フィルターのようなもの。まさに末法といえる現代には羅漢はおらず、天国に行く者などいない。そもそも天国なんて存在しないのではないか。矛盾に憤り、苦しみのさなかにありながらもカワイイに安心や癒しを求めているそのさまが地獄なのではないか。しりあがりは仮説します。

誰も天国に行きはしない


こうして思い起こすのは、原爆の図を描いた丸木位里・丸木俊夫妻の「地獄の図」。戦争を指導した者たちはみな間違いなく地獄行きであるとし、炎に包まれる姿を描きました。しかし、戦争を食い止められなかった民衆もまた「天国や極楽へ行くはずはない」として、裸にされ、逆さに落ちていく作者自身の姿もが描き込まれています。

陰惨ではなく、クスっと笑えるしりあがりの語り構造で示されるのは現代社会の破戒ぶり。墨絵の「滲み」「余白」から波及する視覚効果と相乗し、観る者を精神の深層に下ろします。描かれるのは私たちが生み、楽しみ、消費する「カワイイ」。

「漫画しか描けない」とおどけつつも、しりあがり寿の「ユーモア/哲学」「即興/理論構築」の重層性は、会場でほくそ笑んでいる瞬間、そこはもう地獄だったというリアリティを突き立てます。

しりあがり寿
しりあがり寿
Kotobuki Shiriagari
1958年静岡県生まれ。多摩美術大学卒業後、キリンビール勤務を経て1984年『流星課長』で漫画家デビュー。パロディーを軸に独自のギャグマンガを展開し、『真夜中の弥次さん喜多さん』『地球防衛家のヒトビト』など代表作多数。文藝春秋漫画賞、手塚治虫文化賞優秀賞、文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞。2014年紫綬褒章受章。現在、漫画のみならずアートや映像など多彩な表現活動を続け、神戸芸術工科大学客員教授も務める。