「地獄で何を見つけたかい?」
2022。気分はもう戦争…?否、漫画のような現実を遠く想いながら今日を生きる。
混沌の時世をスキップでサヴァイヴ。嚙みしめて感じて、拾う間も無く忘れ。
人生を狂わす破壊と略奪が、発光する板一枚隣で繰り広げられている世界で笑って、語るように無言で踊る。
政治や宗教、哲学や愛を信じる前に自分を強く強く信じ、日々の幸せ/不幸せをより一層深く知覚し、嚙みしめる。
見えないモノに脳を震わせ、見えるモノはどんどんとスピードを増し、ディティールは消失し、本来持つ色、匂い、輪郭すらも危い時代。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
(葉朗)
白と黒のサイケデリック実験
葉朗は1983年広島県に生まれ、現在も広島を拠点にコラージュやシルクスクリーンを手法にして制作活動を行うアーティスト。親戚が職員として働いていた広島市現代美術館に子どもの頃から足繁く通うなど、アートは常に身の回りにあったといいます。当時、影響を受けたのは水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』でした。「妖怪が大好きだったし、線が多い細密な表現に影響された」と話します。また、歴史や美術の教科書に掲載されている図案を切り抜いてはファイリングするのが趣味だったという点に現在の葉朗の表現の芽吹きを見ることができます。
高校生の頃、1960年代に世界を席巻したサイケデリック・ムーブメントを彩ったロックコンサートのポスター集を手にとったところから、サイケデリックカルチャーに関心を持つようになります。大学を休学し渡英、「スウィンギング・ロンドン」の系譜を現地で確かめ、人の想像をかき立てる混沌とした表現にのめり込みます。
「ゼロから1を生み出す創作は奇跡的なこと。1を2、3…10と拡大していくのとは明確に違う。でも自分の場合は、1を拡大させる、考え方を飛ばすことに面白味を感じている。視点の位置をずらし、組み合わせを変えて眺める“トリップ”が創作活動において大事な考え方」と話します。既存の価値体系の軸をずらして、物事を眺めるものさしとしてサイケデリックアートを捉えます。
極彩色で展開されるイメージのサイケデリックアートにあって、葉朗は白と黒の2色のみで表現する「モノ・サイケデリック」を提唱します。「白はすべての色を内包している」ことから観る者によって違う色が浮かび上がるとし、シンプルを突き詰めたサイケデリックアートがもたらすインパクトを考察し、実践を続けています。
なくならない戦争を思考する
2021年アメリカで起きた連邦議会議事堂襲撃事件などから戦争前夜の気配を感じ、発表した立体コラージュ作品「HELLO!!! BUSTERS!!!!!!!!!!」。これは「破壊と再生」をテーマにした巨大な立方体のコラージュ作品を来場者が展示会場で破壊し、そこから奪い去るというインタラクティブ作品。戦争という概念を肉体的に追体験し、人は何を想うのかをあぶり出す参加型の思考実験でした。そこからパンデミックが起こり、戦争が現実となってしまった2022年現在、「再生」をテーマにより強く打ち出したのが本展「HELL/Oh!」。平面作品を中心とする新作10点を公開します。
葉朗はその思考実験でストレス発散のようにして壊すことが目的になっていくさまを目の当たりにします。壊すことに快感を感じるのも人間であり、日常生活で表出しない人間の心理を解放するのが戦争。それがゆえに戦争はなくなることはないと気づきます。
これはハンナ・アーレントがナチによる大量殺戮は行政の職務命令として遂行されたことに怖れ「人間にとって人類がいかに重荷であるかが日に日に明らかになっていく」と遺したこととも通じます。
復興ではない「再生」を問う
戦争はなくならないと思い至りながら、そこからの再生に強く想いをはせる葉朗。それは広島に生まれ育ったことが大きく影響しています。原爆ドームからほど近い小学校に通っていた彼の日常に世界中から人が集まり、考え想いをはせている。そこで皆が信じ、祈ることとは何であるのか? 広島が世界に遺したことが作家としてのアイデンティティとなります。
「戦争は“人が作る地獄”です。どんな時代であっても、残念ながら戦争は止まず、生き残った人々はその地獄の中で命を燃やし、ひとつずつ未来を手で積み上げることで悲惨な状況から脱却し、復興を成しえてきました。その地獄で何を見つけて、再生させていくのか?」
戦争が起きたことが信じられないくらいの復興を世界は成し遂げてきました。しかし、復興という幸せの現実で見えなくなった不幸せもあり、戦争が起こってもリアルに受け取れない私たちが生まれ育ってもいます。
日常で起こっている目の前の出来事、その外側には別の認識がある。それを探究するのがサイケデリック。葉朗はそれにより「見えないモノに脳を震わせ」「輪郭すらも危うい」世界の再生を問いかけます。
本展の展示では平面作品のほか「HELLO!!! BUSTERS!!!!!!!!!!」同様、大型コラージュ作品を会場で破壊、略奪し「戦争を体感する」観客参加型作品「HELL/Oh!」を用意。また、破壊した作品の気に入った部分だけを切り取って、持ち帰ることができるインタラクティブ作品「C/U/T」(※1)、Tシャツなどにシルクスクリーンプリントでワンポイントデザインを施すライブスクリーンコーナー(※2)も設置。これらの試みで来場者が葉朗の世界観を再コラージュし、拡大していくことになります。会期中、毎日在廊する予定の葉朗は、これらを通して来場者ひとりひとりと対話し、その交流によりインスタレーションが完成すると信じています。
正義も悪も入れ替わり、バラバラに見えるようですべてがつながり、しかし次の瞬間意味も関係も断絶される世界。糊やハサミで切り貼りするアナログの手法でバラバラの性質、ロジックを並び置く葉朗のコラージュ作品は、世界は常に変幻するノイジーな実体であることを直観させ、私たちに生きるリアリティを獲得させようとするのです。
※1 持ち帰る部分の大きさによって料金が違います。料金1,000円~。
※2 料金500円