点と繊維、重なりのなかに、それぞれの景。佐野直・ocaveによる二人展
私たちが目にする風景は、必ずしも見たままの姿で記憶され、受け取られるわけではありません。見慣れた景色がふと別のものに見える瞬間や、かつて訪れた場所が記憶の中で異なる様相を帯びることがあります。また、初めて目にする風景に、どこか懐かしさを覚えることもあるでしょう。
その感覚は、風景の何に触れ、どのような記憶と結びつくことで生まれるのでしょうか。
本展では、風景を写実的に再現するのではなく、自分自身との関係の中で捉え表現する二人のアーティスト、佐野直とocaveをご紹介します。実在する風景の中から、ふと見せた普段とは異なる一面を切り取り、鑑賞者に余韻や余白を残す佐野と、実際に見た風景を記憶と重ね合わせながら再構成するocave。二人の作品を通して、目の前にある景色と、それを見る人の感覚や記憶との関係に光をあてます。
佐野直は、自らが実際に訪れた場所を描くことを制作上のルールとし、精緻な点描による絵画を手がけています。
本展では、茶畑や棚田がつくり出す幾何学模様と規則的なリズム、水面に映り込む景色が生む色や形のコントラスト、干潟に見られる自然の造形と人の営みが重なり合って生まれた形など、佐野が各地で出会った風景を描いた作品をご紹介します。身近な風景の中に見いだした意外な構造や表情を、描く部分と描かない部分を選びながら、無数の点を緻密に重ねることで浮かび上がらせ、観る者をその風景の奥へと引き込んでいきます。
描かれているのは確かに実在する場所でありながら、佐野独自の視点で切り取られた風景は、見慣れた景色とは別の何かにも見えるような、どこか抽象的な美しさを帯びて立ち現れます。佐野自身も自らの表現を『風景画』という枠に限定せず、時間や天候によって刻一刻と移ろう景色の変化を捉えながら、あえて余白を残すことで、鑑賞者が自由に想像を広げられる空間をつくり出しています。緻密な点と豊かな余白が織りなす情景は、観る人の感覚を心地よく揺さぶります。
一方、ocaveは、日常や旅先、アーティスト・イン・レジデンスの滞在先で出会った自然や風景、日々の暮らしの経験をもとにテキスタイル作品を制作しています。ウールやコットンを用いた織りや、切り分けたフェルトを再構成するなど、滞在した土地で受け取った空気感に合わせて素材や表現手法を選び取り、作品へと昇華させています。繊維の重なりが生む立体感や、水彩画のにじみやぼかしを思わせる柔らかな色の広がりを通して立ち現れるのは、その場所で感じた光や色、時間と共に変化していく記憶が織り交ぜられた風景です。
フィンランドで制作した作品では、白や黒、彩度を抑えた色調を選び、凛とした冷たい空気を纏わせながらも、北欧の静けさや穏やかな情緒を表現しています。また、ブルガリアで制作した作品に目を向けると、暖かな光と空気を捉え、雄大な山々や景色をモチーフに、大らかで自由な広がりを感じさせる表現へと仕上げられています。
ある場所で受け取った感覚が素材や色へと変換された作品は、展示される別の場所で、鑑賞者に新たな体験をもたらします。そこには、空間や日々の暮らしと密接に関わる、テキスタイルならではの豊かな表現が息づいています。
二人がそれぞれの視点で捉えた風景は、作品となって見る人の前に広がります。そこに何を見いだすかは鑑賞者一人ひとりに委ねられています。色や形、質感に目を留める人もいれば、アルバムをめくるように、かつて出会った景色を思い返す人もいるでしょう。同じ作品であっても、そこから浮かび上がる情景や感覚は一つではありません。作品に描かれた場所を知らなくても、どこか懐かしさを覚える人がいれば、よく知る景色の中に、まだ見たことのない新鮮な表情を発見する人もいるかもしれません。
風景は、そこにあるものなのか。それとも、見る人の中に生まれるものなのか。
二人の作品を通して、風景と私たち自身との関係を見つめながら、そこに広がる多様な「景」を、ぜひ会場でお楽しみください。