10周年を迎えた《TYPOGRAFFiTi》
アルミ板から切り出された「NO WAR」。表面に走るヘアライン、壁からせり出す独自形状に生まれる光と影。物体の量感が言葉の強度となって観る者に問いかける。多重に繰り返し配置された「POP」と「EYE」では、それぞれドット模様と走査線が施されている。注視している内に文字の形象が崩壊し、言葉の実在が消失するかのよう。
「抗う言葉」をモチーフにした北山雅和の《TYPOGRAFFiTi (タイポグラフィティ)》。2015年から継続してきた同シリーズは今年で10周年を迎えました。本展は東京のギャラリー、ALで開催された「TYPOGRAFFITI5 -letters, words, voices-」で発表された最新作と2023年に発表した《同・4》から構成。計約20点を展示します。また、福岡在住のタイプ・デザイナーの永尾仁と本展に向けてコラボレーションした映像作品も公開。
身体を使って掲げ、問いかける言葉
北山雅和は信藤三雄率いるコンテムポラリー・プロダクションを経て、コーネリアス、フジファブリックなど音楽のアートワークを中心にエディトリアル、ファッションと多岐にわたって活躍しているグラフィックデザイナー。
2015年から展開している《TYPOGRAFFiTi 》は「言葉をグラフィックに留めず、グラフィティのように表現」するアートピース。タイポグラフィ(文字デザイン)とグラフィティ(落書き)をかけ合わせた北山による造語であり、反戦をはじめ「掲げる行為」として言葉を再構築する試み。アルミニウム、ミラー、透明アクリルを素材にした立体作品群となります。
作品が生まれた背景には市民による社会運動があります。2011年の東京電力福島第一原発事故をきっかけに首相官邸前で毎週金曜日に行われた反原発を訴えるデモ、2015年にSEALDsはじめ学生が中心となって国会議事堂周辺で展開した安全保障関連法への反対運動。北山も現場で参加しており、特に若者たちが自らの言葉で社会の窮状を訴えるスピーチに刺激を受けたと振り返り、参加者たちが街頭で掲げたプラカードは簡潔な言葉と直接的な身体性でもって届けるメディアとして強く印象に残ったといいます。
高度情報社会においてメッセージが非接触に行き交うなか、プラカードを「手」で掲げ、「声を」上げる。身体性を伴った言葉を受け止め、グラフィックデザイナーとして文字を「デザイン」から社会的役割をもった「行為」へ転化する、個の声の可視化を思いつきます。
アクリル素材による作品で見られたのは言葉の透明性。透明な言葉は見る角度や差す光によって表情、影が変わっていく。そして、ミラー作品は発した言葉が発話者の「写し鏡」であることを示唆。北山が拾い上げた言葉は入れ子構造となり、抗議と共感、怒りと祈りが交錯します。
そして、2022年から取り組むアルミニウム作品。代表作である《NO WAR》はこの素材を使用することで緊張感を孕むことになりました。同年のロシアのウクライナ侵攻、翌年から激化したガザ紛争により、北山の発表は「反戦」がさらに前景化していくことに。「NO WAR」という言葉の情報性を一度剥ぎ取った、物質としての迫力によってスローガンを「読む」から「対峙」する対象に。人間の本性といえる、ごつごつとした塊が意識にもたげてくるかのようです。
忘れてはならないことを受け止める
《NO WAR》に呼応するようにあるのが、《SHE LOVES ME》/《HE LOVES ME》。北山は、人は必ず誰かに愛されているとの希望と願いを込めています。いっぽうで、主語、しかも一文字違いの単語、の入れ替えによる表現は言葉が写し鏡であり、いつでも立場や状況が変わりうることを示唆。ジェンダー平等を訴える国連のキャンペーン「HeForShe」も思い起こさせます。
スプレーワークによる青色のグラデーションをまとった《FAME》。アルミの地色からブルーへ移ろうグラデーションは「名声」が転覆する不穏な予感を潜ませ、スプレー塗料の垂れが残る《ARTY》は制度としてのアートを皮肉っています。
アルミという素材は軽量で加工がしやすく、強度もある。軽く扱うことができ、多様な解釈が可能、しかし与えるインパクトは大きくなる、という言葉の本質と重なります。文字の形象、マチエール、手作業の痕跡、落ちる影。北山の作品にはアルミやアクリルといった人肌を感じにくい素材に感情が乗っている点が興味深く、言葉は意味の容器ではあるとしつつも、容器以上のものを内包し表しうることを造形で証明しているといえます。
エド・ルシェなど「ポップカルチャーへのオマージュ」としての表現に潜ませた社会への問いかけ。「人はすぐ忘れる。忘れては繰り返す。繰り返してはならないことは諦めず何度でも掲げたい」というように今や「問いかけ」は「訴え」にならざるを得ない状況。
この10年で拾い上げてきた言葉について、北山は「スローガン然としていたものが、(人に)寄り添うものに変わってきた」と話します。言葉を掲げることとは言葉以上のものを、人を想像し受け止めること。それを問いかけています。