抽象表現と書芸術の融合
氷を思わせる冷徹な色面の鋭い筆触に絵具の跳ね。理性的に構築された幾何学的要素と身体性がほとばしる線条が均衡したアブストラクト・ペインティングで注目を集めているアーティスト、鈴木清麗(すずき・せいれい)。自身が影響を受けた西洋の抽象表現と日本の前衛書芸術のエッセンスを組み合わせ、荘厳な世界観を展開しています。
鈴木清麗は2021年から本格的に作家として活動を開始し、これまでにさまざまな芸術賞を受賞。2023年は 「現代アーティスト展 美しさのシルエット」(相田みつを美術館)で2000人を動員、またドバイで開催された中東最大級のアートイベント「World Art Dubai」 にも出展、とデビュー以来破竹の勢いで活躍しています。
20歳の時に訪れたオーストラリア・メルボルンで駅舎や図書館など街のいたる所にアートが根付いていることに感銘を受け、グリフィス大学クイーンズランド・カレッジ・オブ・アートに進学しグラフィックデザインと西洋絵画を学びました。
優美な線表現を追求
3Dやアニメーションなどデジタル技法を学ぶ傍ら、関心を抱いたのがシュルレアリスム。幼少の頃から目の前にあるものを忠実に模写をすることに興味が沸かず、人間の内面を描写したいと感じていた鈴木は、現実には姿形を見せない無意識を重視し表現するシュルレアリスムの作品に感化され、そこからアクションペインティングなどの抽象表現に出会います。「水面に渦巻く流線や山の稜線ばかりに目がいってしまう線フェチ」という鈴木が特に惹かれたのは、その有機的な線表現。
「ジャクソン・ポロックに代表される抽象表現と出会い、自由な表現スタイルと等身大以上の線の迫力に圧倒され強く影響を受けました。いっぽうでポロックの画面を埋め尽くすようなオール・オーヴァーな表現は、ひとつひとつの線がひしめき合って苦しそうな印象があり、自分が描くストロークでは躍動感を持ちつつ一本一本の線が生きているような表現をしたいと考えるようになった」
こうして鈴木は帰国後、線表現の可能性を追求すべく書道家に師事。書芸術が持つ空間性や線の息遣いを西洋の抽象表現と組み合わせた表現を目指します。描こうとするのは自然美。究極の美しさは自然美にあるといい、伝統技術と最新テクノロジー、東西の美術技法を統合し新たな美学を探ります。
「川の流れは不規則なように見えて規則的、調和していないようで調和している。自然美には対立がない。その美しさを言葉で表現しようにも捉えることはできない。意識と無意識の間に立ち、言語表現を超えた感覚に問いかける作品を作っていきたい」
シリーズ作品《The soul Typesー魂の共鳴》では、文字が発明される以前の人類の対話を想像。「テレパシー、フィーリングといった言葉を介さないコミュニケーションとは、感性が響き合った結晶のようなものではないか? 人それぞれがもつ言葉では表現できない感性が共鳴する現象」を可視化します。また、あらかじめフォルムを想定せず「彫刻の一木造りのように」不要なものを削ぎ落として完成した作品《天地創造》。 いずれの作品も人間がコントロールしようとする部分とコントロールしようがない部分、つまりは意識と無意識のせめぎ合いが描かれ、その緊張関係にこそ美が宿ることを感じさせます。
渾身の線に生起する美学
文芸・美術批評家のハロルド・ローゼンバーグは、アメリカの抽象表現主義のひとつアクション・ペインティングにおいて「イメージとは、最終的にひとつの緊張関係である」と評し、キャンバスを出来事が生起する場所として捉えました。ジャクソン・ポロックの登場以降、そのキャンバスにおいてフォルムや色彩、画面構成は補助的要素でしかなく、いかに素材と格闘し描いたか作家の身体性が重要視されました。
自身で筆を切削し、どこにもない道具を作り出すなどさまざまな試みを通して線の美学を追求する鈴木清麗。人種、宗教、ジェンダーなど多くの問題に直面している現在を「統合の時代」と考える彼女は、用具用法のみならず新旧の多様な価値観を取り込み、新たな時代を再構築すべく「Recompositon-転生」を掲げます。その渾身の線に素材と格闘する生身のエネルギー、今を生きるリアルが生起しています。