10年ぶりの個展。テーマは「共生」
まっすぐな眼差しで見つめる女性。そこに身を寄せるトラやライオン、傍に咲く花の上にいるのは綺麗な羽をもつ人魚や妖精のような不思議な生物。越前菜都子が描くのは意思の確かさを感じさせる生きとし生けるものたち。ファンタジーとリアルが交じり合う世界を展開します。
「物心ついた頃から絵を描いていて、当時人と関わるのが苦手だった為、絵を描くこと以外で自分の表現方法がわからなかった。絵を描くことがそのまま周囲と繋がる方法だったので、自分にとって絵を描くことは生きることと深く関わるとても大事なことだった。」
幼少期から絵を描くことにのめりこみ、時間の許す限り絵を描いてきた越前。
芸術大学では日本画を専攻。顔料や膠の性質を粒子単位で学び、自分自身で絵の具を作ることから始めるなど伝統画法は今でも創作の基盤になっていると話します。
そこからアートという垣根を越え、より日常生活に寄り添う絵を追及すべくイラストレーターとして創作活動を開始。以来、広告やキャラクターデザイン、商業施設のディスプレイといったイラストレーションの世界で多岐に渡って活躍しています。そんな越前にとって10年ぶりの個展。デジタル描画とリアルの絵具を掛け合わせたミクストメディア作品、掛け軸作品約15点を公開します。
自律したテーマを掲げての個展は事実上初めてともいえ、今後の新たなアートワークを見通す機会と位置付けることができます。
「イラストレーターとしての表現の幅を広げることはできたが、自分自身の作品を深く突き詰めることはできていなかったのではないか」
葛藤を感じていた越前が自身の深くに沈み込むようにして見つけたテーマは「共生」。人間、動物、植物とすべての存在がお互いの個性を尊重し合う関係性を願い表現します。
ファンタジーとリアルの調和
「この世界を見渡すと人種、性別、利害関係など対等ではない関係性で溢れています。主従といったどちらかが上に立つ関係でなく、生物種という境界線さえも超えて共に生きようとする尊さ」
対等な関係というよりもっと自然な和やかさを志向し、タイトル「Harmonious(ハーモニアス)」という言葉が越前の感覚と重なりました。
「一見すると違和感を感じるような組み合わせでも調和する世界。この種族はこういうもの、という決めつけを可能な限り排除していきたい。 観る者の固定概念をノックするような感覚で描いています。固定概念を取り払うことは発見であり可能性。楽しみとして感じて欲しい」
女性とたわむれる蛸にハムスター、海辺で寄り添って眠るライオンとウサギといった森羅万象をシンメトリーでありながら動的な構図で収めるスキル。下地作りから彩色初め、繊細なタッチでの緻密な描き込みといったスタイルに越前が盤石たる日本画のエッセンスを把握していることが伺えます。
その上で、イラストレーションやキャラクターデザインの経験も活かし描く表情豊かなキャラクターたち。ここに越前は生きとし生けるものが放つ生命力を何かしらの文脈を共有せずとも楽しめるポップアートとして成立させます。観る者の想像力はどこまでも澄み渡り、常識や固定概念がほぐされるのを感じられるでしょう。
観る者の実感から始まる物語
世の中のルールや常識をなきものにしては、この世のものともなれない。しかし、それに囚われているばかりでは私たちの生に輝きはなくなってしまう。ファンタジーとリアルが交じり合う、当ギャラリーのコンセプトでもある幽玄なる世界を表象する越前の意図もここにあるといえるでしょう。
「私自身、キャラクターの設定や背景の物語を考えることは絵を描く上で必要なプロセスですが、それを作品の唯一の正解にしたくはありません。 作品を通して過去の記憶や未来への想像力が掻き立てられ、観る人それぞれにとっての物語性(ナラティブ)が生まれてほしいからです」
神話や土地に古くから根付く口承の物語。それらは人間の想像とささやかな日常の実感から芽吹き、むき出しの自然ではなく人々が時に枝葉を間引き、添え木をしながら風土と調和し育った大樹のように悠久の存在としてあります。
自身の想像に深く潜り込み、日常の実感から紡ぐ越前菜都子。彼女の物語は多様な個人を解放し、それぞれの生を祝福する楽園として現れます。