鏡に映る革命《Calligraselfie》
個展はもとより国内外でライブパフォーマンス、VIや映像作品も手がけるなど活動が多岐に渡る書道家の万美は1990年山口県生まれ。9歳の頃、小学校の授業で書道に出会います。「筆を押せば線は太く、引けば細くなり墨は滲み、かすれる。そんな3Dの動きに魅了された」といい、その日のうちに近所にあった書道教室の門を叩きます。すでに有段資格をもっていた同級生への対抗心から「毎日、負けてなるものかとひたすらに書きまくっていた」というほど夢中になり、ほどなくコンクール入賞の常連になっていきます。
高校2年生の時に書道家になることを決意し、大東文化大学書道学科に進学。しかし、書道による新しい表現を模索していた万美は、書道界の既定路線に乗るだけの周囲とのズレを感じるようになり、かねてから好きだったヒップホップを書道に取り入れることを思いつきます。そして、ヒップホップ文化の要素であるグラフィティを書道と同じ視覚的言語芸術と捉えCalligrahy(書道)とGraffiti、2つの文化の融合を意味する造語「Calligraf2ity(カリグラフィティ)」なるスタイルを確立。多くのストリートカルチャーがそうであるように、万美は書道とおよそ結びつくと考えられていなかった要素を組み合わせたミックスアップ表現を特徴としています。
「基本の型が守られていればすべて書道。墨で紙に書くのは1700年ほど前からのことで、歴史からすればほんの最近。それ以前の牛の骨や亀の腹甲などに書かれていたものや青銅器に彫り込まれたもの、筆さえ使っていなかったものも書道とされている」。その系譜からすれば、現在のテクノロジーで表現することも書道とし、最近ではドローンで空に文字を描くドローン書道など挑戦的な表現に取り組んでいます。
世界と関わり、善を目指す書道
そのミックスアップ表現の現在を知れるのが本展《Calligraselfie(カリグラセルフィー)》です。自分自身を被写体としてカメラで撮影することを指す「セルフィー」と書道を組み合わせ、書道とは心の自撮りであると定義します。禅における書画「円相」は円窓とも表され、ひと筆描きで描かれた円は観る者の心のありようによって見え方が違い、己の心を映す窓とされます。万美自身も「楽しい思いがそのまま書に乗る」と話すように書は心の状態が知れるもの。そんな書と人間の内面の関係性に迫る万美の試みは、2013年に発表した黒地に墨で文字を書く《BLACKBLACK》でも見ることができます。
カリグラセルフィーは、2020年に発表した鏡に文字を描いたシリーズ《人は鏡》に端を発します。「目の前の人が嫌な態度をとっているとしたら、それは自分の態度を映し出している。そんな戒めから他人に対して良い態度、行動をとることでポジティブなバイブスが伝播し、ありたいと願う世界が作れる」。万美自身が好きな言葉として挙げる“人は自分を写す鏡”をコンセプトに、そこから世界との関係性に問いを進めたものになります。
「ガラスや鏡に映る自分を見た時、猫背になっていたら背筋を伸ばします。そんな気づかないことに気づかされ、より良くなろうとする意識が生まれる。鏡によって良い方向に導かれる。そして、自撮りは自分の最大の魅力を見つけ出す行為」。 心を映す書、自分が何者かを映す他人、そしてありたい自分を探す自撮り。万美はこれらの鏡に映し出される関係性から、社会全体の善を目指すことを訴えます。本展では文字が書かれた鏡が並び、作品をスマートフォンで撮影すると撮影者自身も写真に映り込みます。それをSNSに投稿し社会に拡散することで、自他の内面が偶発的に関係していくことを試みるインタラクティブなインスタレーション表現になっています。
歴史から羽ばたく挑戦的表現
セレンディピティー(偶然的な出会い)が奪われ交流は閉鎖し、分断の深まりが懸念される現在。ビジネスにおける供給網の問題や地政学など、世界中で関係性が問われています。そこで求められるのが、相容れない関係にある人々が出会って意見を披露し合い、対等の立場で議論する共同行為。そこから新しい時代が切り開かれてきたことを歴史が指し示しています。
万美は中国の北魏時代の書や近世書道に大きな影響を与えた清時代の書家、趙之謙や呉昌硯に私淑し、現在も古典を学び続けています。「書道は基本となる文字の型を叩き込んでいなければ発展できません。古来の書道があってこそ、美しい表現として羽ばたける。それに終わりはない」。歴史を一顧だにしないような争いを繰り返す現代世界に、書は歴史という視座の重要性も提示します。
ややもすると閉鎖的と捉えられる書道界に対して、万美は長久の文化と技術の継承をする土台があり、自分自身がそこに立たせてもらえたからこそ自由な表現への挑戦ができると最大限の敬意を払います。「私自身が感じている書道のパワーを、これから1000年後の人たちに受け渡す」。書道の歴史の節になる。万美に一貫する「挑戦」的表現の理由はここにもあります。
ハンナ・アーレントは『革命について』で人々が一堂に集まり言論を戦わせ、そこにみなぎるパワーこそが新時代を切り開く。これこそが革命だといいます。書が媒介となり人と人が関係し、善へと向かうパワーがみなぎるカリグラセルフィー。これは、ヒップホップもそうであるように市民による革命なのです。
ライブパフォーマンスについて
今展覧会開催期間は毎日ライブパフォーマンスを行います。
予約は不要となっており、どなたでもご覧頂けます。