日々の生活から生まれる芸術
強靭な筆致と厚く塗り込まれる絵具。感性を思うがままに解放し、作家自身も完成形が予測できないオートマティズム的手法で抽象画を描く画家、サッカラーニ 愛(いとし)。家族や友人たちと過ごすささやかな生活からこそ芸術作品は生まれるとする個展「生活」。これまでに挑んだことのない150号の作品をはじめとするペインティング約10点を公開します。
抽象表現のほかに絵本の挿絵のように観る者の想像を膨らませる繊細なスケッチやアニメ作品のオマージュを思わせるポップなイラストなど数多くのコミッションワークも手がけているサッカラーニ 愛は、1987年東京都出身。イギリス、インド、沖縄と多様なルーツをもち、インターナショナルスクールと日本の公立学校で教育を受けるなど絶えず変化する環境の中で育ちました。
「人間は生まれ育った地域や風土、出会う人たち、そして受け継がれてきた遺伝子といったすべてが情報として身体に蓄積されて人生を生きている」
油絵を趣味にしていた父親の影響で幼少の頃から絵に親しみ、高台にある自宅の屋根にひとり上っては、そこからの眺めの絵をよく描いていたといいます。風や木々の香り、街並みの風景、そして家族と交わした言葉や時間。見たままにはわからない多様に折り重なる光景が思い出となり、人の心と身体を構成する。かけがえのない日々の生活を生きることで美しく芸術は成り立つとするサッカラーニの信念です。
感覚的思考で描く
「花は生きていて、花の事情があります。それと同じように絵具には絵具の、支持体には支持体の事情があって構造も違う。自分の考えに当てはめるのではなく、互いにうまく影響し合うようにミックスするのが僕の表現。制作は作者自身と作品との対話であり、互いに変化していく現象のようなもの」
例えば「2021.No.14 回転する胎児の夢」では、広大な銀河空間を思わせる背景や淡い色面の静的なものと絵具の跳ね、花々に見える色斑や肉体感のあるスクレイピングの動的なものが拮抗した世界が展開され、コンピューターに起きるバグから現れるピクセル模様が描かれています。
これまでの人生で身の回りの多くのもの、人に助けられ、今の存在があると話すサッカラーニ。「作家とは、作品とは生きることそのものの現れ」というように身体を通過した有象無象の色を捉え、地上を離れた四次元的世界へ解き放っているかの抽象表現に観る者は自らの人生とシンクロするのを感じ、画面に飛び込んでいくような没入感覚を得ることでしょう。
存在を作り、存在を受け入れる
第二次大戦後から1950年代にかけて広まった、ジャクソン・ポロックやマーク・ロスコに代表される抽象表現主義。経済が豊かになっていく時代、ヨーロッパのような伝統も歴史もないアメリカという場所だからこそ生まれた自由な精神の作品群にサッカラーニは「出せるだけのものを出してみな、と言われているように感じる」と話します。
今年3月に東京・四谷のアートスペース〈YOTSUYA ART DROPS〉に展示されたF100号を2枚綴りにした作品「2023.No.4」。自然エネルギーのうねりともいうような生命力が画面から溢れ、水面の煌めきのようにも現実との結界のようにも示される円いピクセル。まさに気韻生動とした近作に充実と成熟を自覚しつつも技巧的かつ作為的なものを排除した「馬力のある」作品を手がけるべく、さらにスケールアップした制作に取り組みます。
「海や月の美しさ。それは意味が先行してあるのではなく、ただ存在がある。その存在の美しさに意味を当てはめようとすると自然なものでなくなる。僕は存在を作れればいい」
広大なキャンバスは、何も描かかれていない状態で作品といえるほどの存在感があるといいます。いつ生まれ、誰と巡り合い、どんな言葉をかわし、どこへ行くのか。人生における偶然に積極的な意義を見出すサッカラーニ 愛の表現。かつて自宅の屋根から風景を眺めていたように、すべての存在をありのままに受け入れ、解き放ちます。