魂の叫びを描く
伝統的な日本画を学びながら、それを超越する表現を試みる高木優子。分離派をイメージさせる画面構成やキッチュなモチーフのポップカルチャー的表現で時空を超えた世界観を描いています。
1976年静岡県出身。幼少の頃より紙や鉛筆、工作道具があれば時が経つのも忘れてものづくりに夢中になっていたというだけに美術の道を進むのは高木にとって自然なことでした。愛知県立芸術大学で日本画を専攻。大学院修了後も研修生として大学に在籍し、日本画を探究しました。
「日本画の技法は幅がとても広く、他の日本画家の作品を観ても、どうやって描いているのかわからないことは往々にしてあります。岩絵具はじめ日本画材は気温や湿度といった条件に左右され思い通りにならないことが多く、一生向き合える深さがある」
日本画家として活動する高木は音楽や演劇、料理家ら多彩な表現者たちと交流。領域を限定することなく独自の表現を築き上げ、平面のみならず立体表現やインスタレーション作品を発表してきました。追求するテーマは、人間の内奥に広がる精神世界。
本展「The Soul Cries」では、極限からもがき出ようとする人間の姿や心の琴線に触れ涙が溢れ出す様子、魂の叫びの瞬間をテーマにした新作24点を公開。日本画のイメージからは想像がつかないモチーフ、岩絵具で描いた絵のディテールにロウを用いるなどユニークなアプローチに高木の芸術への横断的なまなざしが見てとれ、画面の向こう側に広大な世界があることをイメージさせます。
すべての感情が糧になる
高木のまなざしは人間の心のありように向けられています。しかし、そのきっかけは晴れがましいものとはいえませんでした。幼少の頃より人として完璧でなくてはならないという強迫観念にかられ、生きづらさを感じていた高木。自我は「悩ましい場所」となっていきました。絵を描き、表現し続けることで日々湧き上がる感情との葛藤を乗り越えることができ、それが「自分を操る魔法」になったといいます。
「20歳代後半は美術の世界で思うような評価を得ることができず、また身の周りの状況も大変な時期。あらゆる物事との挟み打ちで精神的にも崩壊寸前でした。そんな時、知人から「描いていて楽しい?」と問われたことが自分を見つめ直す大きなきっかけになり、物事は一面からではなくさまざまな角度から捉える事が大切であることに気付くことができました。そこから制作に邁進し、心の成長に繋がったと感じています」
こうして高木は、正も負も感情のすべてが糧となり魂が叫ぶことを感受。自意識の闇に沈み込むものではなく、そこから希望を探し当てる魔法としてのアートを見つけました。以来、東日本大震災やコロナ禍、戦争といった不安が重く垂れ込める時代に生きる作家として心の拠り所を求める人々に寄り添える作品を願って描いてきました。
今回、岩絵具や箔以外に蜘蛛の巣や流れ落ちる涙を表現するのに使用したのはロウ。自らを輝かせ周りを照らす蝋燭は人々の心に寄り添う祈りの象徴であり、灯る火は生命の輝き、そして人生という時間の有限性を表しています。
「心模様は繊細でシリアス。しかし、いったん魔法をかけてしまえば大胆で妖艶でコミカルにもなる。すべての感情は糧となり、希望は無限に広がる宇宙となる」
苦悩を希望へつなぐ
これまで手がけることの少なかったダイナミックなサイズの作品群は、作家の一人称ではなく同時代を俯瞰するように三人称として語られ、魂の熱量をダイレクトに感じさせます。美しい世界を思い描くがゆえに悩ましい場所となった心。それは私たちが生きる現実世界とも重なります。
芸術は苦悩から生まれる。高木自身も「苦しい時期にこそ良い絵が描ける。生きるのは簡単にはいかないし嫌なことも沢山あるけれど、ネガティブな感情を希望とか勇気に転換して進んでいけたらいい」と話します。
苦悩を希望につなげる。高木優子がその心の中で静かに育ててきた魔法に私たちの心が解れ、希望の世界が現れるのを感じます。