ポップカルチャーで揺さぶる若手作家のヒューマニズム
本展で焦点を当てるのは、今後の活躍が期待される3人のアーティスト。
スマートフォン用画像加工アプリを用いて“娯楽と矛盾”をキーワードに作品を手がける亀山晴香、ロボットやヒーローといったキャラクターをモチーフに他者との関係性から世界を一望しようとする津田光太郎、そして漫画におけるコマ表現を刹那的なものから永続的な絵画へと昇華させる東春予です。
2020年にオープンしたギャラリーショップ マルコは“人を育てる服とアート”をコンセプトにヴィンテージウェアから現代の作家のアートまでをセレクトしているクロスカルチャースペースです。
「例えば狩猟のためのハンティングジャケットやミリタリーウェアなどは縫製、生地、ボタンといった仕様が時代毎に変化してきました。100年以上前のヴィンテージウェアからは、誰が何の目的で着るものなのか生活が見えてきます。それは作り手の意思だけでは成立し得ない時代と社会との関係性から生まれたもの」とオーナーの菰田は話します。
時代と社会が人間の創作に影響を与える点で、洋服というプロダクトもコンテクストが重視されるコンセプチュアルアートであると思い至り、時代とアーティストの思想の結節点としてファッションとアートを並列しています。
虚実ない交ぜの幻想的現実の画面
今回着目するのは、アニメや漫画といったポップカルチャーの手法から時代との結節点を描き出す、画面に劇的なまでのパワーを感じさせる20代の若手作家達です。
「娯楽」と「矛盾」をキーワードにする作品を制作する亀山晴香。玩具などを用いて作られたジオラマ写真にアナログペインティングによるキャラクターを重ね合わせ、スマートフォン用画像加工アプリなどを駆使し、幼児向けアニメのような軽快かつ娯楽的な世界観を展開しています。そこではキャラクターや加工されたモチーフが持つ見た目のポップさとは裏腹に「与えられた不遇な設定や奇妙さが一緒くた」になることで善悪がない交ぜになっていることが描き出されます。
ロボットや恐竜、ヒーローといった特撮映画のようなペインティングが特徴の津田光太郎は北海道に生まれ育ち、現在も制作の拠点を置いています。絵を学び始めてからしばらくの期間、徹底的に自画像を描いていくなかで自己探究こそが世界を見つめるもっとも有効な手段になることを感じ取りました。いっぽうで北海道教育大学大学院でバロック絵画を研究し、聖書で伝えられる物語の実在性を訴える劇的な表現手法に倣い、自らのアイデンティティともいえる漫画の視覚表現も交えて、虚実ない交ぜの幻想的な現実を描いています。これは、今私たちが生きるリアルとバーチャルが混ざり始めた世界を示唆しているといえます。
小学生時代から漫画を書き始めた東春予は、漫画において読み過ごされがちな「コマ」表現はストーリーを完成させるためのピースではなく絵画表現だとします。これは音楽に合わせて一コマずつ描いていく彼女のライフワーク《実験漫画(コミックはミュージックのように)》に見て取れます。時間芸術としての音楽は、発音されては消えゆき、その連続から全ての音が消えて初めて作品が完成するという考えを漫画表現に重ね、コマの連続性から世界を現出させます。これにより瞬間芸術としてのコマ表現が絵画の永続性を勝ち取ることを目指すのです。
尽きることのない人間性の探究
菰田はこの3人の作品を扉だとし「つい開けたくなる扉。それを開ければいろいろな部屋に繋がり、迷路になっていたりする。そんな想像力のスイッチを押してくれるアレゴリー(寓意)に富んだ画面の力」が共通する魅力だと話します。
ルネサンス期に謳われたヒューマニズム(人文主義)は人間性を普遍的なものとし、最高の価値を置いて人間と人間社会の向上を目指す倫理的態度と定義されます。人間性の探究において重要とされた古典への回帰は、例えば津田が聖書を重視するバロック絵画に範を取っていることとシンクロし、人間を天使と獣の中間に存在するものとして見る点は亀山の作品とも通じるといえます。そして、東による時間という私たちの存在を固定するものからの解放の試みは、現代に生きる私たちの解放についての思考も促します。
菰田は、映画『スターウォーズ』を例に異形の生物が対等にコミュニケーションをとっている世界を理想郷とし、ファッションとアートで「フラットな世界」を目指します。本展での3人の作家による虚実ないまぜの世界。ポップカルチャーを駆使し、言語を無力化するかのパワーをもつ画面から立ち上るのはヒューマニズム、人間への尽きることのない関心なのです。