異物との出会いーFAMILY
松の木を思わせる形象が座敷の前景にせり出し、その間隙に流れ込む青い浮遊体。画面にはグラフィティパターンや無数の円が描かれている。異なる時間軸や風景を一画面に混在させ、そこに静謐ながら立ち込める躍動感。浮世絵の概念を現代の感性で表現する大河紀。
大河紀は多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業後、映像制作に携わったのち、2019年よりアーティストとして活動を開始。雑誌や広告、ハイブランドのビジュアル等コマーシャルワークを数多く手がけ、直近ではイタリアのブランド〈ミュウミュウ〉のグローバル・イベント「Miu Miu Club Tokyo」や大阪・関西万博の壁画を担当しています。
生と死の境界に立つ快楽主義
本展は、既成概念の外にある「異物」との出会いによってなされる自己形成がテーマ。自らと違う価値観を噛み、飲み込み、腹に落とすうちにアイデンティティの輪郭が帯びることを表現した作品約30点で構成します。
大河は若くして母を亡くした経験から「生と死は表裏一体」であるとし、死を遠ざけるのではなく、その不可避性を正面から見つめ、生きることを徹底的に肯定する考えに至ります。「憂き世」を「浮き世」と捉え、生きるなら享楽的に生きようとする浮世絵の快楽主義をインスピレーションに「生と死の境界」をテーマとした作品を制作しています。
そこから今年、新たなシリーズ作品《FAMILY》を発表。ファミリーとは血縁に限定された枠組みではなく、異なる文化や宗教、たった一回の出会いも含めた関係性の総体として示されます。既成概念の外にある「異物」との出会い、有象無象との関係性の中で現在の自分の存在が形作られているとし、大河の死生観を更新したものになります。
絵のアウラ、生きるリアリティの追求
作品には藍摺、型の繰り返しといった江戸絵画の描法の影響が見られます。金地に見える背景は、金箔を実際に貼るのではなく色彩によって光の概念を表現。これは「描かれざるもの」を気配として描く江戸絵画にもあった概念の現代的展開と捉えることができます。
浮世絵、そして琳派に代表される血筋や師弟関係をもとに江戸時代に形成された流派組織ーいわば日本美術のFAMILYーの様式美に目配せをしつつ取り入れられるアブストラクトペインティング。日本美術の系譜を感じさせつつグラフィカルな構成力が結びついた独自のスタイルは見所です。
色地は丹念に塗り、その上層は即興的に。強靭な筆触と絵具の厚み、マチエールに浮かび上がる生命感。制御と偶然、秩序と混沌といった異なるもののせめぎ合いを画面に定着させる過程に大河が追求する死生観が潜んでいるといえ、絵画におけるアウラを追求し続ける作家の苛烈さ、描くことでしか得られないリアリティが全開。キャンバスは異質なものを受け入れることから始まる作家自身の自己拡張の場であり、伝統と現代をつなぐ新たな表現の実験場として現れています。
大河の作品は現代社会が直面する多様性の課題とも響き合います。異なる価値観や文化に触れることはしばしば恐怖や違和感を伴うもの。しかし、それを一度は味わってみる。食卓に上がるものには重く厚い質感で、越えられない現実もあるでしょう。しかし、食卓についてFAMILYとして迎え入れる。大河紀の画面に表れるのは、寛容の精神としての快楽主義といえます。