古典は最先端
一林保久道は高校生の頃、出版社に作品を持ち込むなどして漫画家を志していました。絵のスキル向上のために美術大学を目指し、通った画塾がたまたま日本画を専門としていたことから日本画の道へ。京都精華大学で日本画を専攻します。
京都という土地で伝統美術に日常的に触れ、大学卒業後も意欲をもって日本画制作に取り組んでいましたが「日本画は完成までとにかく時間がかかり、アイディアが溢れているのに作りたいものを作り切れない」と限界を感じていました。支持体には収まらないイメージが湧き上がり、平面からもはみ出そうとする表現欲が高まり辿り着いたのが、アクリル絵具や立体パネルを使った現在の制作スタイルでした。
日本画ならではの題材や画材を離れながらも伝統技法をベースに、メトロポリタン感覚に溢れる色遣いやデジタルのグラフィック的構図を取り込む一林。サランラップやマスキングテープ、梱包用緩衝材など現代的なマテリアルを使用し、インターネットで収集した画像をモチーフにしています。なかでも重要なモチーフとなるのがビデオゲーム。
「現代に古典として残っている美術作品は時代の最先端を描いていたはず。画題だけでなく取り入れる手法も然り。自分が生まれ育った時代を物語る作品こそが古典になり得る。それが僕の場合はビデオゲーム」
子供の頃から遊んできたビデオゲームが時代を形成するものといい、ゲームのストーリー性や音楽を通して見た景色、ゲームの世界観から感じ取ったものを作品に落とし込みます。その時代に生きる人間が眺める森羅万象をキャッチーに表現する点で浮世絵、特に紫や青を基調とした一林の作品は「藍摺」をも想起させます。
雲隠れする事実
「当時の出来事や生活の様子を描いた古代壁画や陶磁器は、長い年月を経て風化するのはもちろん、生きていた人間によって意図的に消されたものもある。そうして過去の出来事を知る上での資料の一部が欠落した時、全貌は誰にも分からなくなる。そこに観る人たちの想像が掻き立てられ、さまざまなノイズが生まれていく」
本展のタイトルにもなっている作品「hidden things」は、モザイク画の最高傑作のひとつとされる「アレクサンドル大王のモザイク」へのオマージュとして描かれます。2021年に約100年ぶりの修復が着手され、現在も多くの研究者の間で考察が進んでいる名画は画面上に広く剥落した部分があります。ここに歴史認識、そして絵画の価値観をも転覆する事実が隠されているのではないかとのコンセプトから歴史がもつ曖昧さ、人間の不確かさをテーマとします。
「人口は増え続け、人種も宗教もそれぞれの思いが定まらずノイズが増していく世界で、ニュースをはじめ正確な情報を取ることが難しくなっている。そのことに皆が日々モヤモヤしている」
曖昧の肯定
不確かな時代に生き、アイデンティティが揺らぐ私たちは、ただひとつの確かな答えを求めがちです。しかし、見つけられず惑うのも人間。
煙のような雲のような背後に明確な色遣いやドット模様などで描かれるもの。誰かが何と戦っているのか、何が起きているのかわからないさまをコミカルに描く一林の作品に、最先端で古典的な人間の姿が浮かび上がってきます。
今回展示する作品は、デジタルデータを元に木材を加工する工具「Shop Bot」を駆使し、変形パネルで制作。平面から立体作品へ。「今は描く内容よりも形に興味がある」と一林は話します。展覧会のテーマ、そして作家の真意は雲隠れし、そこにノイズが生まれます。