言葉とアイコン。完全新作を一挙公開
古代遺跡から発掘された文字板のような形象。紙やスチレンボードを何層にも重ね、背景からせり出すように象られたフレーズ。積層構造は言葉がもつ意味の複層性を現し、言葉の実在となって迫る。八木秀人のアートの世界。
本展は、「理想のライフスタイル」をテーマに自由でしなやかに生きる女性像と作家が日常生活から感じ、紡いだ言葉を組み合わせた半立体作品19点で構成。タイポグラフィ主体の作風から新たなアプローチによる新作を本邦初公開します。
広告をはじめプロダクトデザイン、空間演出を手がける八木秀人。アートディレクターとして活躍しながら2010年、アーティストとしても本格的に活動を開始。2018年から4年間、東京とニューヨークで展覧会を毎年開催するなど精力的に作品を発表し、北米地域を中心に34点がコレクションされています。
女性が幸せになれば、世界は変わる
「広告はビジュアルだけではなくコピーが必ずある。アートをやろうと思った時にも『言葉ありき』の感覚が最初に湧いてきた。言葉とビジュアルが組み合わさることで、より伝わるものがある」
八木の作品を特徴づけるのは造形化した「言葉」。積層構造の量感が言葉のリアリティを立ち上がらせ、消費されるだけのキャッチフレーズではなく、人とともに在る、深く読まれるべき言葉の存在を現前化。SNSや高度情報社会で流れていくばかりの現在の状況へのアンチテーゼとして機能しています。
広告的手法を取り込み、イメージと言葉の共犯的接続を試みたのはバーバラ・クルーガーやエド・ルシェ。イメージとテクストとの関係性に不協和音を作り出したクルーガー、言葉は乾いていて冷たく無機質なルシェ。ともに諦観めいたユーモアに消費社会や既成価値への批判が込められています。
八木の作品にも批評性が見られるものもありますが、その多くは希望を語るポジティブなメッセージが込められています。今回、取り組むのはかねてから構想していたアイコンとメッセージをかけ合せた表現となり、アイコンとするのは、社会的な枠組みや既成概念を軽やかに飛び越えていく女性。
好きなファッションを着て、好きなことをやり、「〜ファースト」なる言葉がスローガン化している今、排他でもなく自己中心でもない、一人ひとりが世界の主人公であることをストレートに表現しています。言葉が主題となるこれまでの作風から打って変わる、八木のキャリアにおいて大きな転換点を示すものであり注目です。
日々考え、手繰りよせる理想郷
色鮮やかでポップなファッションに身を包むアイコン。モデルとなったのは八木の妻。いつも楽しそうに暮らしている姿を見て「世の中の女性が楽しく生活していけたら、世界は変わる」と思ったことがきっかけだといいます。“I JUST DO WHAT I LIKE(好きなことをやるだけ)”等作品にとられた言葉は、彼女との会話を通して感じ考えたことを八木が言語化。
レイヤー構造一つひとつを手描きの色面やスクリーンプリントのグリッドが彩り、画面全体に軽快なリズムが生まれる。いっぽうで細かい箇所にはスクリーンプリントの偶然のエラーによる不規則な重ね塗りも。アートディレクターの背景を伺わせる秩序とストロボのように観る者の感覚をゆさぶる幻覚性が共存する画面は、現実と理想のあわいのように映ります。
多層的な造形は私たちの世界が記憶、感情、アイデンティティ等が重なりあって形作られていることを示唆し、ビビッドな視覚効果によって言葉が内的世界に伝導する。八木の作品にはヒッピーカルチャー、サイケデリックアートにも通じる知覚の開きも覚えます。
内面ばかりではなくフィジカルにも訴えかける八木の作品。そのリアリティは支持体の裁断に塗りや刷りといった「気の遠くなるような作業」の日々の積み重ねによって育まれます。作家本人が感じ、地道に手を動かし試行錯誤して手繰り寄せる言葉とイメージ。仮想空間に描く完璧な理想郷ではなく、私たちの手と思考でこそ構築しうるユートピアを浮かび上がらせます。