招き猫にフォーカス
ナンセンスギャグ漫画のキャラクターのような招き猫。昨年末のYUGEN Gallery(東京)での個展から間を置かずに開催となる本展「Super Lucky Cats」は、若佐が活動初期から12年間描き続けてきたモチーフである招き猫に焦点を当てます。
「これほど徹底的に招き猫というテーマに向き合うのは初めて」といい、いっさい彩色されていない白い招き猫を中心とした立体群と平面作品で構成。約20点の作品を展示します。日本古来の「願い」や「祈り」、そして過去・現在・未来が折り重なる時間性の可視化を試みます。
若佐慎一は、広島市立大学芸術学部美術学科で日本画を専攻し、2013年からアーティストとして本格的に活動を開始。江戸時代以前の日本美術の系譜を踏まえつつマンガやゲーム、アニメといったポップカルチャー表現を取り込み、日本の美の概念を追求しています。
静かな祈りとエネルギー
本展の招き猫の立体群と代表作《招き猫様》の平面作品によるインスタレーションは、招き猫発祥の地のひとつとされる東京・大谿山 豪徳寺から着想しています。若佐は、奉納されている招き猫の居並ぶさまに長い年月に蓄積された人々の願い、千体地蔵や三十三間堂の千体千手観音立像を生んだ末法思想の物量によって現れる無限の功を見出し、ギャラリー空間に出現させようとします。
白一色の立体作品である招き猫は、特殊な技法を使うことで陶磁器とも違った絶妙な光沢があります。白い招き猫は作家の創造作用が確かに働いているものの、物体が自然のままに在るかのように在る。ホワイトキューブの空間に置かれた白い招き猫の集合体が鑑賞者の視覚を惑わせ、知性に依拠するのではなく感性を通じて世界を把握する空間を創出。招き猫が、この世ならざる世界を創造する存在として示されます。
いっぽうで、ポップに描かれる平面作品では白色の「開運招福」のみならず、「魔除け(黒)」「健康長寿(赤)」といった伝統的な縁起物の色の意味合いをふまえ、アニメ・マンガ文脈でアプローチ。時代の閉塞感をギャグ漫画のようなバカバカしさが打破してしまうエネルギーを表現し、伝統的な縁起物の概念を再構築しています。
可愛らしい縁起物というだけではなく、「ラッキーキャット」「ウェルカムキャット」などと呼ばれ、世界的にポップ・アイコンとなった招き猫。若佐は違和感やエネルギーを意図的に作り出し、より強い美の体験を生み出そうとします。
カオスにこそ美は宿る
若佐の作品を読み解く上でキーワードとなるのが「カオス」。西洋の一神教に対し、日本には八百万の神がいるだけでなく仏教、道教、さらには地域信仰で祀られる自然物までもが混じり合う宗教観があり、そこにこそ日本的なる美の本質があるとします。
「個人的な記憶や美的感覚の形成に深く結びついているのは、幼少期に見たアニメ 『ビックリマン』。そのオープニングは、天使や日本武尊(やまとたけるのみこと)、素戔嗚尊(すさのおのみこと)、ブッダや七福神といった多種多様な宗教や神話のキャラクターが入り混じるカオスな世界観を持っており、私にとっての美の原体験であった」
秩序だったものではなく、異質なものたちがぶつかり合い融合することで生まれる強いエネルギー。日本における美は必ずしも静寂や調和だけではなく、異形異界との交わりのなかにも見出されてきました。そうした美の意識は、1990年代以降の美術表現における多文化主義や他者へのまなざしにも通じるといえるでしょう。若佐が、分断が危惧され混迷する世界を立て直すヒントが日本の価値観にあるとする理由もそこにあります。
「私は、この展覧会を通じて、江戸時代以前の日本美術が持っていた『異界へのまなざし』と、現代美術における『場の力』、さらに日本のポップカルチャーの持つエネルギーを融合させ、新たな《招き猫様》の姿を提示したいと考えている。これは、単なる郷愁ではなく、日本美術の可能性を拡張する試みであり、未来へとつながる表現のひとつである」
秩序によって世界はかたどられる。しかし、世界はやはり混沌としている。招き猫の目に、混沌にこそ宿る美が映っています。