色彩に溢れるストーリー
63歳から絵を描き始めて、ちょうど10年となる今年。「今まで生きた人生で背負ってきたもの、自然と出てきたものまで頭の中のストーリー全部を皆さまに見てもらいたい」と話す展覧会「story in my head」。描き下ろしの新作を中心に花瓶など立体作品を含めた約30点を展示します。
浅野順子は1950年神奈川県横浜市出身。俳優の浅野忠信が実子、現在モデル、アーティストとして活躍するSUMIREは孫にあたります。「不良家出娘だった」浅野は、1960年代以降に米兵とその関係者たちが集うバーやナイトクラブに出入りし、エルヴィス・プレスリーに始まるロックンロールやヒッピームーヴメントなどあらゆるカルチャーの誕生を最前列で体験してきました。
「ミニスカートも売っていない時代、古着の洋服に色を塗り、刺繍をほどこしたり自分で服を作っては親友とディスコに踊りに行っていた。ほかにも家具、食器も自分でカスタムをしてきた。そうした人生経験が今のアーティストの原型になっています」
リメイクした洋服の販売、古着屋やバーの経営と多才ぶりを発揮しますが、「飽きっぽくて、どれも3年も持たなかった」と話します。そんな彼女の人生にあり続けたのが絵。レシートやチラシなど、ふとした時間に感じるままに描いていました。
毎日の新しい発見を描く
60歳の頃、ある芸術家と出会い本格的に描くことを勧められ「自分では気づかなかったものに気づいて、それが一気に溢れた」。新たな創作意欲が浅野の生活を満たし始めました。
「無地のものを見ていると絵が浮き出てくる。毎日新しい発見をして、それを描いているので完成した絵も一週間後には変わってしまう」
下絵を作ることなく描き始め、最近ではスマートフォンカメラの画像編集機能を利用したものまでとめどなく描き続ける毎日。絵に夢中になって10年、変化し続けることで確かな像が結ばれてきました。
「10年描いて、きれいな円とまっすぐな線が描けるようになった。最初は丸い形もちょっと歪んでしまったり、まっすぐな線がピッて引けなかったり。どこかで迷ってたのね。でも、それがなくなった」
不安に目を潤ませながら、こちらを見つめる女性を描いた《Exactly》。傍にはカメレオンや鳥に抱き抱えられるようにいる女性。ひとりは不敵な笑みを浮かべ、ひとりはどこかニヒルな視線を投げかけています。真ん中の女性が手に持っている鏡。ここに浅野は絶えず自分自身を見つめることの大切さを込めているといいます。
「どれが本物で、何が嘘なのか分からないような世の中。肌の色や性差で差別されたり自分さえよければいいという考えが目につく世の中にあって、何よりも自分を見つめ大切にして欲しいと思う」
《赤とんぼ》では、巨大なとんぼや南国に生息する鳥や植物に囲まれ、性も定かでない人間が描かれています。人間の目や鳥の頭部はかたつむりの殻のよう。頭が鳥で、身体は人間と鳥人とも言える想像上の生き物もいます。食糧危機や気候変動など不安を抱きながらも「50年後の地球を見てみたい」という希望がないまぜになったことから描いた作品です。
創造の泉である母性
作品に繰り返し登場するカメレオンやかたつむり、色鮮やかな植物、薄暮の街の景色、夜の世界に生きるホステス…夢の中で出会うようなモチーフを明確な輪郭と優美な色彩で描いている浅野。そこからは人生で出会った愛する人たちやものへのノスタルジー、深い愛情が読み取れます。
浅野の作品から感じられるのは母性。それは家族、特に母親の存在が大きく影響しています。戦地からの引き揚げ者であり、異国の男性との間に子をもった浅野の母親が時代的にも周囲から厳しい目で見られていたことは想像に難くありません。しかし、芸者として長唄や舞踊といった芸を披露する姿、また浅野の誕生日には手間と時間をかけて小豆を炊いてくれたことなど母の思い出は、女性としてありたい自分であり続けた浅野の人生の豊かな土壌になっているといえるでしょう。
自分が心底やり遂げたいと思ったことも次の瞬間には壊したくなるといい、キャンバスにとどまらず黒板やダンボール、トルソーなど支持体に囚われず、新たな作品を生み出し続ける浅野順子。その創造の泉に湧くのは、すべてを包み込む優しさ。母性の作家です。