創造者と対話するための写真
緒方秀美は、建築家の父と洋裁品店を経営する母のもと熊本県に生まれ育ちました。幼少の頃から創作意欲に溢れ、小学生の時には全国絵画コンクールで特選に選ばれるなど才能を発揮。
思春期にザ・クラッシュ、ストラングラーズ、デヴィッド・ボウイetc.パンクロックやグラムロックに傾倒。インタビュー記事で三島由紀夫についてデヴィッド・ボウイが語れば、「文学少女でもないのに」三島作品を全て読破。音楽だけでなく、彼らの思想にものめり込んでいくなか、ミュージシャン達の姿を切り取った写真に関心を持つようになります。
「写真は、自分自身のクリエイティビティを実現するものというよりも彼らミュージシャンと対等の立場で向き合い、対話するための手段だと感じた」
そんな折、緒方は交通事故に遭い瀕死の重傷を負います。彼女を励まそうと母親が病室に差し入れたロック雑誌に見つけた、デヴィッド・ボウイの撮影クレジットにある鋤田正義、ザ・クラッシュのペニー・スミスといったフォトグラファー達。日本人でも、女性でも写真ならば彼ら創造者と対等に渡り合える、と死と隣り合わせになりながら「血がたぎる」ほどの興奮を覚えたといいます。
高校卒業後上京し、写真家の伊島薫に師事。その後アメリカ・ニューヨークに渡り、アンディ・ウォーホルはじめ多くのアーティストと親交を深め、伝説のクラブであるパラダイス・ガラージで出会った黒人達のポートレートを撮影。帰国後、1995年ブランキージェットシティの写真集でデビューして以降、横尾忠則、山口少夜子、リチャード・スターク(クロムハーツ共同創設者)といったアーティストのポートレートを中心にファッションや広告で活躍。
国内外のセレブリティのシューティングを多く手がけるいっぽうで、2018年にはルーテル東京教会主任牧師・関野和寛とイスラエル・パレスチナで撮影を敢行。写真表現、とりわけポートレートを通して人間が存在することの尊厳を骨太に発信しています。
白鵬との出会い、その奇跡
「これまで直感に従って動き、被写体に出会ってきた。出会うべくして出会った人。出会いの奇跡を信じている」
「相撲はフォトジェニック。力士を撮影して作品を作ろう」と直感し、相撲のことは何もわからず相撲ファンの友人に勧められるがままに宮城野部屋へ稽古の見学に行ったのが2007年4月。稽古が終わり、他の力士が引き揚げるなか、当時大関だった白鵬が緒方に声をかけてくれたといいます。
「白鵬関に初めて出会った時の印象は温かい光を放つ、桜色の肌をした綺麗なお相撲さん。相撲好きの友人から名前だけは教えてもらっていたけれども顔と名前が一致しない。それでも放つオーラですぐ彼だとわかった」
以来、朝青龍を破り横綱になった瞬間、初めての綱打ち、明治神宮での奉納土俵入りと光を増していく姿を写真に残すことは緒方自身の喜びになったと話します。しかし、彼女が写し取ったのは光ばかりではありません。
存在の尊さを証す影
角界の不祥事が次々と明らかになった時、非難が絶えず場所では空席が目立つなか横綱としてひとりで角界を支え、いつも通り稽古を続ける姿。双葉山の持つ69連勝の記録の更新を期待された2010年の大相撲九州場所。前頭筆頭の稀勢の里に破れ、記録更新とならなかった時の悔しさと孤独。陰をも見つめてきたのです。
敗戦の翌日、報道陣はじめ誰ひとり部屋に訪れていないなか、親方を含め3人でちゃんこを食べたという緒方。その後、横綱の部屋でふたりきりで過ごし、白鵬は横綱の孤独や苦悩を緒方に打ち明けたといいます。そこには一青年としての顔も。
「土俵以外で見せる笑顔、奢ることなく誰からでも愛される優しい人柄。63連勝の記録もさることながら人間性においても歴史に残る大横綱だと私は思っている。こうして横綱白鵬の永遠の姿を写真に残したことで、人間が神になったと思えるほどの彼のエネルギーが世界中の多くの人に届いたら、こんなに嬉しいことはない」
緒方はかつて事故による瀕死状態から回復した18歳の頃、地元の熊本で有名な占い師に写真家になれるか尋ね、こう言われたといいます。
「影に感謝すれば、なれる」
ニューヨークのクラブで出会った黒人たちをコンドミニアムの一室でライト一灯のみで撮影したシリーズ作品「my fabulous friends」、現在も取り組んでいるパーソナル・フォトセッション「Only One by Hidemi Ogata」。被写体となるのは、伝説的アイコンではなく一般の人々。「撮影ではどうしても光の方に意識がいくけれども、影に感謝すれば両極を超えて絶対的な視点で撮ることができる」と緒方は話します。導き出される量感のある陰影に、市井の人々の姿は時間の風雪に耐える堅牢な建築物のように浮かび上がります。
「肉体はいつか滅びてもエネルギーは永遠に残る。人間の存在がアート」
緒方が焼き付けるのは、一瞬の存在である人間の永遠性。稽古直後に雄叫びを上げるかの姿、初めての綱打ちで歪む表情、モンゴルからやってきた父母と見せる安堵感。
天下泰平を祈念する神事としても発展してきた相撲において公にすることのなかった人間、白鵬の一瞬。勝負の世界に生きる者と相対するならば踏み込めない領域もあります。これらの影に敬意を持って踏み込む一瞬は、人間味のあるドキュメントでありながらフィクションのような華麗さに溢れています。
第69代横綱白鵬の一瞬に見るのもまた、人間の存在の尊さなのです。
写真展「横綱 白鵬」に寄せて
今回の写真展で展示されるのは、横綱に昇進した2007年から63連勝を記録した2010年までの写真作品です。 無我夢中でがむしゃらに相撲を取っていたころから、 心技体を兼ね備えた横綱をめざして歩み始めた時期にあたります。 ひとつひとつの写真を見返すと、当時の熱い気持ちが蘇ります。
緒方秀美さんは自分と同じく真摯に情熱を持って仕事に打ち込んでいる人。 同じ志を持ったもの同士のぶつかり合いで生まれたのが、 今回の写真展で展示される作品たちです。 これまで皆さんが見たことがない「白鵬」像が描かれていると感じています。
写真家「緒方秀美」の捉えた ”永遠なる ” 「横綱 白鵬」の姿を ぜひ皆さん自身の目でご覧ください。
十三代 宮城野翔(六十九代 白鵬)