深呼吸して、生まれるもの
塗り重ねるたびに思いもよらぬ美しい色合いが生まれる。植物や自然と交感し受け取ったメッセージを日記のように描き残すアーティスト、杉山歩(すぎやま・あゆみ)。晩秋に生命力が宿るさまを展開した個展「impermanence」(2024年 YUGEN Gallery)から季節はうつろい、生命力の解放を感じさせる本展「Breatheborn」。タイトルは、Breathe(呼吸)とborn(生まれる)をかけあわせた杉山による造語です。
今年、2月3日(立春)にアーティスト名を「ruteN(ルテン)」から本名である杉山歩に変更。転期の春を過ぎ、梅雨から夏にかけて「新生」のイマジネーションに充ちた新作を本邦初公開。華道家でもある杉山の一葉式いけ花作品と融合したインスタレーションは見所です。
故郷の自然美がモチーフ
宮崎県出身の杉山は宮崎市の市制100周年記念イベントに招聘されるなど昨年来、故郷との縁が深まっているといいます。現在拠点とする東京と宮崎を行き来するなか、かの地の自然風土がもつ美しさに感じ入ったことが本展のインスピレーションとなりました。
「前回の個展では自然のうつろいという大きなイメージを捉えて描きましたが、今の自分だからこそ感じられる故郷の美しさや神秘を掘り下げたいと思うようになりました。私自身の“はじまりの場所”と向き合うことで新しい自分が生まれてくることを表現したい」
アーティストとして活動を始めて5年。今は「深呼吸ができるタイミング」にあり、生まれ育った故郷で吸った空気に新しい自分との出会いを予感したといいます。この時、向き合ったのは一筋縄にはいかない記憶。記憶の糸を丹念にほぐし、自身の真理を手繰ります。
「時間が経って美しい思い出に思えることも、実はそうではなかったりする。でも、その辛く苦しい瞬間があったから今が美しいと感じられる。美しいものの奥にある、きれいなだけではない部分もすべて残しておきたい」
毎日同じように見える景色にはその一瞬にしかない美しさ、神秘が潜む。そこにこそ生の充実がある。杉山の創作の源泉です。瞬間の記憶や経験が人を作り上げる。しかし、その記憶はうつろいゆく。杉山は日々の一回性の景色、美しいばかりではなく一様ではない記憶を留めようとします。色を塗り重ね、削りとる彼女の描法には多様な記憶や経験の奥底にあるものへの探求が示唆されます。
再現性のない日常に潜む神秘
幼少の頃から故郷の宮崎で植物と触れ合い、言葉を介さないコミュニケーションをとってきたと話す杉山。人と自然が深く交感する「瞬間」を閉じ込め、そこに生まれる精神的なリズムを非再現的な絵画として立ち上がらせます。
今回の制作にあたって「宮崎の海に柔らかく包まれるような感覚、トロピカルな情景と空気、太陽に向かって伸びていくような植物をイメージしている」と話す杉山。葉脈や蔓のような曲線、母胎をイメージさせる透過的な色面にはこれまでに増して生命の宿りと感情の優しいゆらぎが表れています。
作品から感じる慈愛は昔の日記を見返すように心の中で大切にしてきたものや記憶をかみしめる杉山の精神の充実からきています。その息吹が観る者の心にモニュメンタルなものを感じ取らせます。